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前の卦=57巽為風 次の卦=59風水渙

58兌為沢 だいたく

 

 兌下(だか)兌上(だじょう)

八卦の()を重ねた形。

()は悦ぶという意。
八卦の兌を重ねた形なので、八卦と同じ兌と名付けられた。
そもそも易は、陽を剛とし、尊いとし、陰を弱いとし、卑しいとする。
八卦の兌は、一陰が卑賤微弱であるにもかかわらず、二陽の尊貴剛健に最上位を譲られ、最上位に上げられた形である。
一般に、自分よりも偉いと思っている人から最上位を譲られて悦ばない人はいない。
だから、悦ぶという意が発生し、兌と名付けられた。

 

卦辞(かじ) 〜彖辞(たんじ)とも言い、周の文王の作と伝わる。

(だは )(とおる)(よろし )(ただしきに)

【書き下し】兌は、亨る、貞しきに利ろし、

およそ天下の事は、大小となく、軽重となく、悦ぶところに至れば、その行う事は必ず亨通して進み遂げ、成功しないということはないものである。
『論語』雍也第六18には、これを知る者は、これを好む者に如かず、これを好む者は、これを楽しむ者に如かず、とある。
悦ぶというのは、楽しむとほぼ同じと考えてよい。
だから、兌は亨る、という。

しかしながら、その道その事を心には悦ぶとしても、未だこれを身に行わず、事業の上にも現さないときには、その成功を得ることが確実とは言えないので、元いに亨る、とはせず、単に、亨る、とだけ言ったのである。
としても、巽為風の「小しく亨る」というのに比べれば、やや優れてはいる。
そもそも八卦の次元で言えば、巽も兌も、同じく少陰の卦であるが、巽は従うであり、従うとは己を捨てて他に委ねることであり、自己より進むことの専らではない様子であり、対する兌は、自ら悦んで心より進む様子である。
したがって、巽為風の「小しく亨る」と、兌為沢の「亨る」というのは、その亨るという意味合いにも違いがあるのである。
巽の「小しく亨る」は、従えば亨る、ということであり、兌の「亨る」は、自ら悦んで進めば亨る、ということである。

さて、兌の悦ぶという道にも、正邪の別がある。
正しい道に悦ぶときには、よくその身を修め、前途は明るく広がる。
これが正しくない道に悦ぶときには、身を滅ぼし、ついには何もかも喪うことにもなろう。
言うなれば、相手を悦ばせることを悦びとするのが正しい道であって、自分が悦ぶことにだけ執着するのが、正しくない道である。
だから、貞しきに利ろし、と諭すのである。

彖伝(たんでん) 彖伝は卦辞(彖辞)の解説で、孔子作と伝わる。

彖曰(たんに いわく)( だは )説也(よろこぶなり )(ごうにして )(うちを)(じゅうにす )(そとを)(よろこんで ) (もって ) (よろし ) (ただしきに)

【書き下し】彖に曰く、兌は説ぶなり、中を剛にして外を柔にす、説んで以って貞しきに利ろし、

兌は悦ぶということである。
九二と九五の陽剛がそれぞれ下卦上卦の三本の内側すなわち真ん中にあり、六三と上六の陰柔がそれぞれ下卦上卦の三本の外側すなわち一番上にある。
したがって、よくその道その事を心に悦び、且つ正しい道に悦ぶべきなのである。

是以(これを もって ) (したがい)(てんに)、而(おうず )( ちに )

【書き下し】是を以って天に順い、地に応ず、

是を以ってというのは兌の喜悦和楽することを指し、喜悦和楽するからこそ、地は天に順って応じるのである。

(よろこんで ) (もって ) (さきだてば )(たみに)( たみ ) (わする )其勞( その ろうを)(よろこんで ) (もって ) (おかせば )(なんを)( たみ ) (わする )其死( その しを )(よろこぶの)(おおいなる)( たみ ) 勸矣(すすまんかな )哉、

【書き下し】説んで以って民に先だてば、民其の労を忘る、説んで以って難を犯せば、民其の死を忘る、説ぶの大いなる、民勧まんかな、

まず自分から民を悦び愛すれば、民はその苦労を忘れる。自分から悦んで危険を犯せば、民は死を厭わなくなる。悦ぶということはなんと素晴らしいことだろう、民も勧んで尽くすようになるではないか。

 

象伝(しょう でん ) 卦の(しょう)=形の解説で、大象(たいしょう)とも呼ばれ、彖伝同様に孔子の作と伝わる。

象曰(しょうに いわく)(つける ) (さわあるは)(だなり)君子( くん し ) (もって )朋友( ほう ゆう ) 講習( こう しゅうす)

【書き下し】象に曰く、麗ける沢あるは、兌なり、君子以って朋友講習す、

兌を口舌とし人とすれば、この卦は二つの兌が麗すなわちくっついているのだから、二人が相対してそれぞれ口舌を以って討論講習している象がある。
君子ならば、朋友同志、討論講習して、その道の上達を悦び励むべきである、と教える。

爻辞( こう じ ) 〜周公旦の作と伝わる。象曰以下は孔子の作と伝わる象伝。

上六━ ━
九五━━━
九四━━━
六三━ ━
九二━━━
初九━━━○

初九( しょ きゅうは)和兌(わして よろこぶ)(きちなり)

【書き下し】初九は、和して兌ぶ、吉なり、

象曰(しょうに いわく)(わして) 兌之(よろこぶの  ) (きちとは)(おこなって ) (いまだ/ざれとなり ) (うたがわ)也、

【書き下し】象に曰く、和して兌ぶの吉とは、行きて未だ疑わざれとなり、

今、兌の時に当たって、初九は正を得ている。
これは剛正にして、物事を為すことができる爻とする。
しかし、その応位の九四もまた同じ陽剛なので、相応じない。
したがって、上より助けを得ることは難しいので、初九は正を得ているとしてもなかなか和することができない者とする。
そもそも、例え悦ぶことが有るとしても、人と共に相和して行うのでなければ、その事を遂げ成すことは難しい。
そこで今、初九の取るべき道は、一によくその和して悦ぶの義を主として、和して兌ぶ柔順の道を行って疑わないことである。
そうすれば、九四の爻も、やがては同徳を以って悦び和して応じてくれるというものである。
そうして後に事に臨む時には、その行うことは吉となるのである。
だから、和して兌ぶ、吉なり、という。

上六━ ━
九五━━━
九四━━━
六三━ ━
九二━━━○
初九━━━

九二(きゅう じは )(まことあって ) (よろこべば ) (きちなり) 悔亡( くい ほろぶ)

【書き下し】九二は、孚あって兌べば吉なり、悔い亡ぶ、

象曰(しょうに いわく)(まことあって ) 兌之(よろこぶの  ) (きちとは)(しんぜらるればなり ) (こころざしを)也、

【書き下し】象に曰く、孚あって兌ぶの吉とは、志を信ぜらるればなり、

二は臣の定位である。
応の位の五は君の定位である。
もとより九二は剛中の才が有るとしても、九五の君の爻もまた陽剛なので、なかなか和して応じない。
そこで九二は、身近な六三に和して比そうとする。
その六三は、兌口の主にして、巧言令色を以って悦ばそうと求める者である。
ここに九二の爻が、己が宜しく応じるべき九五を捨てて、巧言令色の媚びを献じる六三に比し悦ぶ時には、悔いが有ること必然である。
したがって、九二はよく臣としての道を守り、巧言令色の六三の比爻を振り切り、その君である九五に忠信の志を以って専らに忠誠を尽くし、和し応じることが大事なのであって、そうしてこそ九五からも信用信頼されて、吉なのである。
だから、孚あって兌べば吉なり、悔い亡ぶ、という。

上六━ ━
九五━━━
九四━━━
六三━ ━○
九二━━━
初九━━━

六三( りく さんは)(きたし ) (よろこばさんとす)(きょうなり)

【書き下し】六三は、来し兌ばさんとす、凶なり、

象曰(しょうに いわく)(きたし ) 兌之(よろこばさんとするの ) (きょうとは)(くらい ) (ざればなり )(あたら)也、

【書き下し】象に曰く、来し兌ばさんとするの凶とは、位当たらざればなり、

六三は陽位に居る陰柔だから位に当たっていない上に不中であると共に、兌の悦ぶの主にして、兌口の主である。
これを以って巧言令色を以って悦びを来たすことを謀る者とする。
もとより六三には正応がなく、身近に九二と九四との二陽剛が有るので、この二陽剛に相密比し、彼等を巧言令色を以って悦ばせ来たらせようと謀る。
これは悦びの正しくないことであり、その凶であることは必然である。
だから、来し兌ばさんとす、凶なり、という。

上六━ ━
九五━━━
九四━━━○
六三━ ━
九二━━━
初九━━━

九四(きゅう しは )(はかれり) (よろこびを)(いまだ/ず) (やすから)(かいたれば) (やまいに)(あるべし) (よろこび)

【書き下し】九四は、兌びを商れり、未だ寧からず、疾に介たれば喜び有るべし、

象曰(しょうに いわく)九四(きゅう しの )(よろこびとは)(あるなり) (よろこび)也、

【書き下し】象に曰く、九四の喜びとは、慶び有るなり、

介とは節操堅固の義にして、雷地予の六二の辞に「石に介して」とある介と同様の意味合いである。
九四は六三と九五との間に在り、五は君の位だが同じ陽爻なので比さず、三は陰爻なので九四とはその情が通じて悦び比す。

さて、九四の爻の悦ぶということには二途ある。
情を以って言う時には、六三の陰柔にして好言甘語を以って諂い媚びるの主に比することを悦びとする。
道を以って言う時には、九五の剛健の君主に、同じ陽剛として同徳を以って比し悦びとする。
今、九四は、忠信賢良といった誉れも欲しい願うと同時に、情欲の好みも快く果たしたいと思っている。
要するに、悪いことと良いことの両方に魅力を感じ、どちらがよいか迷っているのである。
したがって、心を安寧にすることができない。
だから、兌びを商れり、未だ寧からず、という。
この迷いの原因は、六三が兌口の主で好言甘語が巧みな陰邪なことによるのであって、言わば人の身を苦しめる疾病みたいなものである。
さらに言えば、六三に比し悦ぶのは私の情欲であり、同徳の九五に比し悦ぶのは、公であり正義である。
陽剛の君子ならば、私の情欲を捨てて、公の道の正義に従事するべきである。
六三と比し親しむことは身に疾病を抱えるようなものであって、そのようであればいつか九四は道を失う。
このような時であるからこそ、九四は暫く己が陽剛の徳を以って、節操を堅固にし、六三の巧言便口の比爻を絶し離して、一に九五の君上に従い悦ぶべきなのである。
そうすれば、必ず九五に慶ばれ、それによって自分も喜ぶのである。
これは疾病が癒えて喜ぶのと同様である。
だから、疾に介たれば喜び有るべし、という。

上六━ ━
九五━━━○
九四━━━
六三━ ━
九二━━━
初九━━━

九五(きゅう ごは )(まことあれば)(はくに)( あり )(あやうきこと)

【書き下し】九五は、剥に孚あれば獅ォこと有り、

象曰(しょうに いわく)(まことありとは)(はくに)(くらい) ( せい ) 當也(とうなればなり )

【書き下し】象に曰く、剥に孚ありとは、位正当なればなり、

剥とは陰邪なるものの陽正なる者を削り落とすの義にして、ここでは上六の陰柔を指している。
もとより九五は君の位に在って、剛健中正の徳が有るとともに、上六と密比している。
その上六は陰柔不中の爻にして、不満を抱えて全卦の極にいる兌口の主であり、巧言佞媚を以って悦びを求めようとする者である。
これは九五の徳を輔佐する者ではない。
しかし九五は陽位に居る陽剛、上六は陰位に居る陰柔と、共に位が正当な上に、陰陽密比しているので、強く親しみ睦もうとする。
したがって九五は上六を信用しきってしまいやすく、その上六の陰柔がために、九五の徳は剥し尽くされるというものである。
上六の巧言佞媚を悦んで信用すれば、大変なことになり、危険である。
だから、剥に孚あれば獅ォこと有り、という。

上六━ ━○
九五━━━
九四━━━
六三━ ━
九二━━━
初九━━━

上六(じょう りくは)引兌(ひきて よろこぶ)

【書き下し】上六は、引きて兌ぶ、

象曰(しょうに いわく)上六(じょう りくは)(ひきて ) (よろこぶとは)(いまだ/ざるなり ) (おおいなら)也、

【書き下し】象に曰く、上六は引きて兌ぶとは、未だ光いならざるなり、

この爻は兌の悦ぶの主であるとともに、成卦の主爻にして悦ぶの卦の極に在る。
したがって、自分が悦ぶの至極なるを以って、人もまたその悦ぶ様子に感じ引かれて来たり集まり悦ぶのである。
だから、引きて兌ぶ、という。
ただし、その悦ぶところの邪と正とによって、その吉凶は異なる。
そもそも上六は陰柔不中なので、その兌ぶところの正邪を判断できるほど徳が光輝いているわけではない。
したがって、吉凶の辞は付いていないのである。

なお、この爻の義は、九五の爻にては、巧言佞媚を薦めて君の徳を剥すところの陰邪な小人としているが、この上六の本位では兌の卦極の義を主として、悦ぶの至極としている。
このように爻の義は、どの爻から観るかで、その爻の意味合いが変わって来る場合がときどきあるので、注意が必要である。

前の卦=57巽為風 次の卦=59風水渙

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31.沢山咸 32.雷風恒 33.天山遯 34.雷天大壮 35.火地晋 36.地火明夷 37.風火家人 38.火沢睽 39.水山蹇 40.雷水解 41.山沢損 42.風雷益 43.沢天夬 44.天風姤 45.沢地萃 46.地風升 47.沢水困 48.水風井 49.沢火革 50.火風鼎 51.震為雷 52.艮為山 53.風山漸 54.雷沢帰妹 55.雷火豊 56.火山旅 57.巽為風 58.兌為沢 59.風水渙 60.水沢節 61.風沢中孚 62.雷山小過 63.水火既済 64.火水未済

ここに書いているのは、江戸後期の名著、眞勢中州の『周易釈故』より抜粋し、現代語で意訳したものです。
漢字は原則として新字体で表記しています。
易の初歩的なことについては易学入門をご覧ください。
また、六十四卦それぞれの初心者向け解説は無料易占いのページをご覧ください。
占いながら各卦の意味がわかるようになっています。

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最終更新日:令和02年09月10日 学易有丘会
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