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前の卦=42風雷益 次の卦=44天風姤

43沢天夬 たくてんかい

イエス処刑の流れと合致する卦。詳細はコチラ。

 乾下(けんか)兌上(だじょう)

八卦の(けん)の上に、()を重ねた形。

(かい)は、()く、決壊、決断、決去といった意。
決くとは、堤を切断して水を導くこと。
十二消長で言えば、五本にまで成長した陽がさらに進み長じて一陰を決し去ろうとするとき、また五人の君子が一人の小人を決し去る様子。
だから夬と名付けられた。
また、乾の至って剛強な者を以って、兌の至って弱き者を決し去る様子。
だから夬と名付けられた。
また、乾を健やかとし、兌を悦ぶとして、健やかにして悦ぶ様子。
人は、健やかにしてその道を悦ぶときは、決断して選んだその道をひたすら進むものである。
だから夬と名付けられた。
また、兌沢が乾天の上に上る様子である。
そもそも沢は低い場所に在るべきものだが、今、上って天の上に在る。
これでは物事は上手く行かず、必ず決壊し、潰え下る。
だから夬と名付けられた。

 

卦辞(かじ) 〜彖辞(たんじ)とも言い、周の文王の作と伝わる。

(かいは)(あげよ)王庭( おう ていに)(まことに ) (さけぶ)(あらん )(あやうきこと)(つぐること ) (よりすとも )( ゆう )()(よろしから )(つくに )(じゅうに)(よろし )(あるに )(ところ )( ゆく )

【書き下し】夬は、王庭に揚げよ、孚に号ぶ、獅ォこと有らん、告ぐること邑よりすとも、戎に即くに利ろしからず、往く攸有るに利ろし、

この卦は十二消長のひとつにして、五陽をもって一陰を決し去る様子だから、五人の君子が一人の小人を決し去るときとする。
五陽の君子を以って、僅かに一陰の小人を決し去ることは、数で優っているわけだから簡単なことのように思えるが、実際は意外にも、そういうものではない。
なぜなら、この一陰の小人は、たったひとつの陰であり小人でありながら、最も高い上爻に位置しているのである。
これは、巧言令色をもって深く固く九五の君に密比して取り入って、よく君の心腹を得て、ことさらの寵愛を受けているのに他ならず、言うなれば社鼠城狐なる者にして、容易く除き去ることは難しい。
なおかつこの上六の陰は、上卦兌の主爻である。
兌は人体では口とする卦である。
したがってこの一陰の小人は、口が巧く、白を黒と言いくるめるなど容易くやってのける者であり、この一陰の小人を取り除こうとするのなら、まず、その小人の罪状、取り除かれるべき理由をつぶさに王庭に揚げて公開し、その罪の次第を遍く公明にしなければいけない。
だから、王庭に揚げよ、という。
このとき、決去しようとする君子は、孚の忠誠を以って号び合って同志として団結して事に当たるべきである。
さもなければ、その一陰の小人にまんまとしてやられる可能性がある。
だから、孚に号ぶ、獅ォこと有らん、という。

さて、その一陰の小人は、君寵されているのをよいことに、威厳を弄び、君命と偽って自分の邑(領地)より告命を出すという暴挙に至っても、それを武力(戎)で制圧しようとしてはいけない。
そんなことをすれば、却って反逆者の汚名を着せられてしまう。
だから、告ぐるに邑よりすとも、戎に即くに利ろしからず、と戒める。
それだけこの小人は手強いのである。
だからこそ、公明正大にこの小人の罪状を明らかにし、正しい手続きで決去するのが利ろしいのである。
往く攸有るに利ろし、の往く攸というのは、場所ではなく、この公明正大な方法を指す。

彖伝(たんでん) 彖伝は卦辞(彖辞)の解説で、孔子作と伝わる。

彖曰(たんに いわく)(かいは)決也( けつ なり )(ごうをもって ) (けっするなり ) (じゅうを)(すこやかにして ) (しこうして ) (よろこぶ)(けっして ) (しこうして) ( わす )

【書き下し】彖に曰く、夬は、決なり、剛をもって柔を決するなり、健かにして而して説ぶ、決して而して和す、

この卦は五陽の剛を以って一陰の柔を決し去るという義である。
また、上下の卦を合わせて、乾の健やかにして、兌で説ぶという象でもあるが、これは例えば兌沢の陰の水が氾濫衝突して陸を壊す勢いを、水が別の方向に流れるように水路を()くって洪水を防ぎ、人々が安心して和樂するという義もある。

(あげよとは) 王庭( おう ていに)(じゅう ) (のればなり )五剛( ごの ごうに)也、

【書き下し】王庭に揚げよとは、柔、五の剛に乗ればなり、

五の剛とは九五の爻のこと。
上六の一陰の小人は高く上位に居て、巧言令色を以って九五の君に密比、寵愛信用せられて、威権を弄するので、まずその小人の罪悪の様子を王庭に公言して、君及び天下の人にその罪悪を知らしめて、その後に公明正大にその罪を誅するべきだということを云う。

(まことに ) (さけぶ)(ありとは ) (あやうきこと)( それ ) (あやうしとすれば ) (すなわち ) 光也(ひかるなり  )

【書き下し】孚に号ぶ、獅ォこと有りとは、其れ危しとすれば乃ち光るなり、

君子は普段の無事の時でも畏敬の心を具え、仮初にも恣にすることがないのは勿論である。
まして今、一陰の小人が君寵をよいことに威権を弄している時であって、これを侮ってはいけない。
したがって同志の君子と孚信を以って相共に謀って終始を慮り、時変を察し、戦々兢々として懼れ危ぶむべきである。
このようにすれば、君子の徳は光大にして、よく小人の不徳を制することができるのである。

(つぐること ) (よりすとも )( ゆう )(ずとは )(よろしから )(つくに )(じゅうに)(ところあれば ) (たっとぶ ) (すなわち ) 竆也(きゅうするなり)

【書き下し】告ぐるに邑自りすとも、戎に即くに利ろしからずとは、尚所あれば乃ち窮するなり、

上六の姦人は君寵をよいことに威権を弄し、君命と偽って自分の邑(領地)より告命を出すという暴挙に至っても、それを武力(戎)で制圧しようとしてはいけないというのは、武力を尚っとぶところがあれば、却って反逆者の汚名を着せられて窮することにもなり兼ねないのである。

(よろしとは ) (あるに )(ところ )( ゆく )( ごう ) (ちょうずれば)(すなわち ) 終也(おわるなり  )

【書き下し】往く攸有るに利ろしとは、剛長ずれば、乃ち終わるなり、

夬の時に当たって五陽の君子は、一陰の姦佞の小人を決去するには、陽剛の君子はその徳義を正大に盛んにして長ずれば、柔陰の姦佞小人は自然に罪に服し決去されて終わり消するのである。

 

象伝(しょう でん ) 卦の(しょう)=形の解説で、大象(たいしょう)とも呼ばれ、彖伝同様に孔子の作と伝わる。

象曰(しょうに いわく)(さわ ) (うえにあるは)(てんの)(かいなり)君子( くん し ) (もって)(ほどこして )祿(ろくを ) (およぼす )(したに)(おれば )(とくにほこり ) (すなわち ) (いみにくまる)

【書き下し】象に曰く、沢、天の上にあるは、夬なり、君子以って禄を施して下に及す、徳にほこり居れば則ち忌みにくまる、

この卦は洪水が陸を覆い天の上にまで沢があるかのように水が溢れる様子である。君子であれば、その溢れる水のように有り余った富貴恩沢を下の万民に分け与えるべきである。
ただし徳が有り、功が有る君子は、己の徳功を誇り、或いは爵禄を加増し、或いは昇進を望み求め、自分の利得を計るようであれば、必ず衆人から忌み嫉まれ憎まれ、却って災害に遇うものである。

爻辞( こう じ ) 〜周公旦の作と伝わる。象曰以下は孔子の作と伝わる象伝。

上六━ ━
九五━━━
九四━━━
九三━━━
九二━━━
初九━━━○

初九( しょ きゅうは)(さかんなり)(すすむるに)1ノ(あしを)(なすこと ) (ざれば )(かた ) ( なす )(とがありと)

【書き下し】初九は、趾を前むるに壮んなり、往すこと勝たざれば咎ありと為す、

象曰(しょうに いわく)(ざるに)(かた ) (しかも ) (ゆくは)咎也(とがあるなり )

【書き下し】象に曰く、勝たざるに而も往くは、咎あるなり、

この卦は十二消長のひとつにして、雷天大壮の四陽剛の上に、さらにまた一陽剛を長じた卦象である。
そのために雷天大壮の義を兼ね帯びてもいる。

さて、この初爻だが、前とは進むの義にして、雷天大壮にまた一陽剛が増し進んだという義を兼ねている。
初九は趾(=足)の位に当たるとともに、陽剛にして、乾の進むの卦の一体に居る。
これは、進むことに専らな様子である。
今は、五陽が同じように進んで一陰を決去する時にして、初九はその始めに居る。
したがって初九は、衆陽の中にても、最も先に進んで上六を誅殺しようと欲する者である。
だから、趾を前むるに壮んなり、という。
趾を進めれば、身もその趾に従って進むので、要するに、身を進めるに壮んなことを示している。
上六を決去することは、五陽の君子の同じく共に願うところなので、初九の進むのを敢えて咎めることはないが、慌てて事を起こし、上六を決去し損なったときには、大なる害を生じる。
こうなったら、大なる咎を免れない。
だから、往すこと勝たざれば咎ありと為す、という。
これは、血気に焦って進むに専らなことを深く戒めてのことである。
なお、ここでの「往す」とは、上六を決去することを指す。

上六━ ━
九五━━━
九四━━━
九三━━━
九二━━━○
初九━━━

九二(きゅう じは )タ號(おそれて さけぶ)莫夜( ぼ やに )(ありとも )(じゅう ) ( なし )(うれい)

【書き下し】九二は、タれて号ぶ、莫夜に戎有りとも恤い勿し、

象曰(しょうに いわく)(ありとも )(じゅう ) (なしとは )(うれい)(えればなり )中道(ちゅう どうを)也、

【書き下し】象に曰く、戎有りとも恤い勿しとは、中道を得ればなり、

今、五陽が並び進んで一陰を決り去る時に当たって、九二は下卦乾の一体に居て陽剛だが、中を得て柔位に居る。
したがって、初九にありがちな軽躁鋭進の失はなく、事に臨んでは惧れてよく考えてから動く者であり、常に事の不慮をタれて、予め衆陽剛に号び戒めて、その防御を厳しくする用心堅固な者である。
これにより、たとえ莫夜(夕闇の頃)に思わぬ戎事(敵の攻撃)が有っても、驚き恤うることはなく、きちんと迎撃できる。
だから、タれて号ぶ、莫夜に戎有りとも恤いなし、という。

上六━ ━
九五━━━
九四━━━
九三━━━○
九二━━━
初九━━━

九三(きゅう さんは)(さかんなれば)(つらぼねに )(あらん )(きょうなること)君子( くん しは ) (さくる )(さくるべきを)獨行(ひとり ゆけば ) (あって )(あめに ) (ごとし )(ぬれるが)(あらん )(うらまるること)(  なし)(とが )

【書き下し】九三は、頄に壮んなれば凶なること有らん、君子は夬くるべきを夬くる、独り行けば雨に遇って濡れるが如し、慍るること有らん、咎无し、

象曰(しょうに いわく)君子( くん しは ) (さくるとは ) (さくるべきを)(おわりに ) (なきとなり)( とが )也、

【書き下し】象に曰く、君子は夬くるべきを夬くるとは、終わりに咎无きとなり、

今、五陽を以って一陰を決り去る時に当たって、九三は過剛不中にして、下卦乾の進むの卦の極に居る。
これは、進むに鋭尖な者であり、上六を決り去ろうと欲する情が顕然として顔色に露われる。
だから、頄に壮んなり、という。
九三が短慮性急にしてその怒りの猛々しさを、忽ちに面色に発する様子である。

そもそも兵事は機密を貴ぶものである。
それを、このように怒りを面色に発すれば、敵は必ずその機を察して守りの防備を設け、却って姦謀を巡らして、これを決り去り難くするのみならず、君子を暗ますことすらもある。
だから、凶なること有らん、と戒める。
君子とは、九三の爻を指す。
五陽爻の中、独り九三のみ君子と称するのは、九三は上六の応の位にして、上六を決去するの主だからであって、なおかつ、応位ではあるがこれに害応して、和同しない義を示しているのである。
だから、君子は夬くるべきを夬くる、という。
夬くるべきとは、もちろん上六を指し、決して和同せず、害応せよという戒めである。

さて、五陽が同じく進むの中で、九三独りが上六に害応しているわけだが、害応しているというのは、要するに九三と上六が陰陽相応じている関係にあるのである。
そこで、このまま九三が独り行けば、他の衆陽爻からは、恰も九三と上六が陰陽相応じて和合してしまうのではないかと疑われる。
だから、独り行けば雨に遇って濡れるが如し、という。
雨は陰陽の和合した様子を示す。
天(陽)が地(陰)に施す恵みが雨である。

しかし、このように衆陽に疑われ慍れることがあっても、九三と上六は害応であって、応じ和することは決してなく、そもそも九三は上六を決去するの主なのだから、決去した後には、疑いも晴れ、咎もないのである。
だから、慍るること有らん、咎无し、という。

上六━ ━
九五━━━
九四━━━○
九三━━━
九二━━━
初九━━━

九四(きゅう しは )(いさらいに) ( なし)(にく )其行( その ゆくこと) 次且( し しょたり)(ひけば )(ひつじを) 悔亡( くい ほろぶ)(きいても )(げんを) ()(しんぜられ)

【書き下し】九四は、臀に膚无し、其の行くこと次且たり、羊を牽けば悔い亡ぶ、言を聞いても信ぜられず、

象曰(しょうに いわく)其行( その ゆくこと) 次且( し しょとは)(くらい ) (ざればなり )(あたら)也、(きいても )(げんを ) (ずとは )(しんぜられ)(きくこと ) (ざればなり ) (あきらかなら)也、

【書き下し】象に曰く、其の行くこと次且とは、位当たらざればなり、言を聞いても信ぜられずとは、聡くこと明らかならざればなり、

臀は尻、膚は肌肉=皮のすぐ下の部分のことである。
今、五陽を以って一陰柔を決去しようとする時に当たって、九四は陽爻だが陰位に居るので、位が不当であり、才徳は有るが志が弱い者である。
したがって、進み行くことを怖れて、止り退こうとも欲する。
しかし内卦の三陽爻が上り進んで、すぐ後ろに迫っているので、九四は怖気づいて退くことはおろか、止り居ることもできない。
例えれば、臀(尻)に膚肉がなく、座ると痛いので、立って歩くしかないような様子である。
とは言っても、進み行こうとしても、志が弱いので、敵を怖れることが甚だしく、足が前に出ない。
だから、臀に膚无し、其の行くこと次且たり、という。
次且とは、行きたくても進めない様子。

そももそ九四は執政の大臣なので、衆陽を率いて前進するべきであるわけだが、このように、その志情が弱く、臆病風に吹かれて、進むことができない。
これは執政の大臣としては、甚だ不甲斐なく、悔いが残る。
そこで、羊飼いに倣う。
羊は前から牽こうとすると、言うことを聞かず、止まり退くが、後ろから追い立てるとよく前に進み行くという性質がある。
したがって羊飼いは、羊たちを進ませる時にはその羊たちの後ろからついて行くものなのである。
要するに、自分の立場を羊飼いだと考え、衆陽爻を羊に見立て、その衆陽爻の後ろから羊飼いのようについて行くのである。
そうすれば、その志が柔弱だとしても、前の衆陽に従って自分も進んで行け、不甲斐なさの悔いはなくなるのである。
だから、羊を牽けば悔い亡ぶ、という。

このように九四は、執政大臣ではあるがその志気萎弱にして臆病者である。
臆病者であるがために、上六の小人が親比する九五の君の寵愛を得て、威権を逞しくするのに畏怖して、逃げ腰になる。
そこで、衆陽が上六を誅殺するべき根拠をいろいろと九四執政大臣に話しても、臆病風に吹かれ、そんな進言は聞き入れず、信じられず=或いは信じないふりをしてしまう。
だから、言を聞いても信ぜられず、という。
これは常日頃、道徳の大義を聴き学ぶこともなく、明らかさを蔑ろにしたことにより、徒に憶病怯弱の志気を養ってしまったからである。

上六━ ━
九五━━━○
九四━━━
九三━━━
九二━━━
初九━━━

九五(きゅう ごは )(かんあり)(おかに)(さくれよ) (さくべきを)(ちゅう ) (こうなれば) ( なし)(とが )

【書き下し】九五は、陸に*莫あり、夬くべきを夬くれよ、中行なれば咎无し、

象曰(しょうに いわく)(ちゅう ) (こうなれば ) (なしとは)(とが )(ちゅう ) (いまだ/ざるなり ) (おおいなら)

【書き下し】象に曰く、中行なれば咎无しとは、中、未だ光いならざるなり、

※莧の字は、通本は莧だが、中州はそれでは象と辞との関係がおかしくなるから誤りだとして、似ている別の字に正して解釈している。
この字(図形として作成)→
小さくてわかりにくいかもしれないが、上の部分は草冠ではなく、真中が切れていて、その下は見ではなく、目の下に兎の字の足の部分を合わせた字形で、カンと読み、意味は山羊の細くて大きい角のこと。通本の莧は植物の名で、莧陸で「山ごぼう」という植物のことになる。
しかし、この字はJIS規格にもユニコードにもないので、意味が異なるが通本で使われる※莧で代用しておく。

山羊は、外質(見た目)は柔弱で、内性(性格)は悪賢くひねくれているが、食べるとその味は美味い。
これは、上六が、兌の口の主にして佞弁甘語を以って人主の九五の気に入られ、その内性が陰邪にして甚だ悪賢いことに喩えているのである。
陸とは高い原にして、上爻の象である。

今、上六は、陰柔不中にして九五の君に密比し、兌口の主であるを以って、甘言美語を以って君に媚び諂う姦人である。
それでも、君よりも上位に居て君辺に近侍し、君意をよく得ている。
だから、陸に※莧あり、という。

さて、この卦中に、ただ、一陰爻のみ、九五に密比する。
もとより九五も、兌の和悦の卦の一体に在るので、一旦は上六と陰陽親比し、その甘言を信じ、絶大な寵恩を与えてしまう。
そのために国家の勢いが危険になるところだが、幸いに九五の君は、剛健中正の徳が有るを以って、やがてはかの上六の佞邪姦曲なことを悟って反省し、これを斥け、その佞人の語を聞き入れず、ついにはこれに害比して、決去するのである。
しかし、一度は寵恩を与えた者を、決去するには、決心が必要である。
だから、これを教え戒めて、夬くべきを夬くれよ、中行なれば咎无し、という。
逆に、いつまでも上六に寵恩を与え続け、夬くべきを夬くらないときは、咎が有るのである。
このようなことになったのは、これまで中徳は備わっているとしても日新琢磨することを怠っていたがゆえに、その中徳が未だ光大ではなかったから、うっかり上六の言葉に乗せられたのである。

上六━ ━○
九五━━━
九四━━━
九三━━━
九二━━━
初九━━━

上六(じょう りくは)(なかれ )(さけぶこと)(おわりに ) (あらん )(きょうなること)

【書き下し】上六は、号ぶこと无かれ、終りに凶なること有らん、

象曰(しょうに いわく)(なかれ )(さけぶこと) ( これ ) (きょうなりとは)(ついに ) (ざるとなり )(べから )(ながかる)也、

【書き下し】象に曰く、号ぶこと无かれ之れ凶なりとは、終に長かる可からざるとなり、

上六は陰柔不中の小人にして、高く上爻に居て甘言佞語を以って君に媚び諂い寵恩を恣にし、重陰の姦邪を以って威を振り権を弄し、九四執政の大臣をさえ、畏れて足恭させるに至らせる者である。
その上、自らは、天下に恐れ憂いることは何もないとうそぶき、意気揚揚と自負する。
しかし衆陽の君子等は、この上六のために国家が傾くのを静観しているわけにはいかない。
これを王庭に揚げて、王命を以って公明正大に処罰誅殺する。
そのときには、どんなに泣け叫んでも、すでに遅い。
上六は身も家も共に滅亡に至るだけである。
一旦時を得て暴虐を欲しいままにしても、それは長久の道ではなく、いつかは終わる。
だから、号ぶこと无かれ、終りに凶なること有らん、という。

前の卦=42風雷益 次の卦=44天風姤

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01.乾為天 02.坤為地 03.水雷屯 04.山水蒙 05.水天需 06.天水訟 07.地水師 08.水地比 09.風天小畜 10.天沢履 11.地天泰 12.天地否 13.天火同人 14.火天大有 15.地山謙 16.雷地予 17.沢雷随 18.山風蠱 19.地沢臨 20.風地観 21.火雷噬嗑 22.山火賁 23.山地剥 24.地雷復 25.天雷无妄 26.山天大畜 27.山雷頤 28.沢風大過 29.坎為水 30.離為火

31.沢山咸 32.雷風恒 33.天山遯 34.雷天大壮 35.火地晋 36.地火明夷 37.風火家人 38.火沢睽 39.水山蹇 40.雷水解 41.山沢損 42.風雷益 43.沢天夬 44.天風姤 45.沢地萃 46.地風升 47.沢水困 48.水風井 49.沢火革 50.火風鼎 51.震為雷 52.艮為山 53.風山漸 54.雷沢帰妹 55.雷火豊 56.火山旅 57.巽為風 58.兌為沢 59.風水渙 60.水沢節 61.風沢中孚 62.雷山小過 63.水火既済 64.火水未済

ここに書いているのは、江戸後期の名著、眞勢中州の『周易釈故』より抜粋し、現代語で意訳したものです。
漢字は原則として新字体で表記しています。
易の初歩的なことについては易学入門をご覧ください。
また、六十四卦それぞれの初心者向け解説は無料易占いのページをご覧ください。
占いながら各卦の意味がわかるようになっています。

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最終更新日:令和04年04月03日 学易有丘会
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