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前の卦=11地天泰 次の卦=13天火同人

12天地否 てんちひ

「旧約聖書」天地創造5日目を構成する2卦(泰・否)のひとつ。詳細はコチラ。

 坤下(こんか)乾上(けんじょう)

八卦の(こん)の上に、(けん)を重ねた形。

()は閉塞否定といった意。
前卦地天泰とはまったく逆の形であり意味である。
この卦も乾を天の気、坤を地の気とするが、上にある天の気は上昇するもの、下にある地の気は下降するもの、だからである。
要するに、上にあるべき者が上にあり、下にあるべき者が下にあるのであって、両者が交わらないのだ。
陰陽の気が交わらなければ雨は降らず、草木百物は育たない。
このような状態を否塞という。
だから否と名付けられた。
また、上にある者がことさら上にあることを主張し、下にある者がことさら下にあることを主張し、上下が対立しているのだ。
君臣が心を一つにするのではなく、双方が共に相手の言い分を否定するだけで、決して譲り合わないのである。
だから否と名付けられた。
また、夫婦で言えば、乾の夫と坤の妻が、自己主張ばかりで相手の気持ちを汲もうとしない様子である。
夫婦が互いに相手を思いやり、心を通わせてこそ、結婚生活は上手く行き、子孫繁栄にも恵まれるというものだが、これではそういう明るい未来は否定され、離婚が待ち構えているだけである。
だから否と名付けられた。
また、内卦の坤は柔弱、外卦の乾は剛健とすれば、優柔不断で自分自身の考えが曖昧なのに、物事はその場の思いつきで威圧的に決め付けてしまう様子である。
これでは何事も失敗するばかりである。
だから否と名付けられた。
また、内卦の坤を小人、外卦の乾を君子とすれば、小人が国政を弄び、君子たる資質を備えた人間が外に左遷されている様子。
これでは必ずその国は傾き凋落する。
だから否と名付けられた。
また、十二消長で言えば、天風姤で生じた陰気が半分を占めるまでになったところである。
したがって、陽を君子の道、陰を小人の道とすれば、小人の道が幅を利かせ、君子の道が尊ばれなくなってきた様子。 これでは世の中は混迷する一方で、先行きは不透明である。
だから否と名付けられた。

 

卦辞(かじ) 〜彖辞(たんじ)とも言い、周の文王の作と伝わる。

(ひは )大往( だい ゆき ) 小來(しょう きたる)()(よろしから)君子( くん しの ) (かなくなしきに)

【書き下し】否は、大往き小来たる、君子の貞くなしきに利ろしからず、

前卦地天泰とは逆に、こちらから出て行くのは大、入り来るのは小である。
十二消長で言えば、陽の大なる者が卦外へ行き、その数を減らし、陰の小なる者が卦内に来て、その数を増やしているときである。
だから、大往き小来たる、という。
大きく投資しても、儲けは少ない、という意味に取ってもよいだろう。
とにかく陰陽が交わらなければ、何も生まれないのだから、これは大凶である。
君子ならば、小人の道が盛んになろうとする兆しを見極め、原理原則に捉われず、小人から害されないように、時が過ぎるのを待つのが得策だろう。

彖伝(たんでん) 彖伝は卦辞(彖辞)の解説で、孔子作と伝わる。

彖曰(たんに いわく)(ひは )大往( だい ゆき ) 小來(しょう きたる)(ずとは )(よろしから )君子( くん しの ) (かなくなしきに)則是(すなわち これ ) 天地( てん ち ) (ずして )(まじわら)(しこうして) 萬物( ばん ぶつ ) (ざればなり )(つうぜ)也、

【書き下し】彖に曰く、否は、大往き小来る、君子の貞くなしきに利ろしからずとは、則ち是、天地交らずして、而して万物通ぜざればなり、

この卦は前卦地天泰とは真逆の意である。
天地の気が交わらないときは、物各その道を失うので、万物は通交しないのである。

上下( じょう げ ) (ずして) (まじわら)(しこうして) 天下( てん かに ) (なきとなり)( みち )也、

【書き下し】上下交わらずして、而して天下に道无きとなり、

人間関係について云えば、上の者と下の者が交わり和せざると、天下に道が行われなくなるのである。

内陰(うち いんにして ) (しこうして) 外陽( そと ようなり)内柔(うち じゅうにして ) (しこうして) 外剛( そと ごうなり)(うち ) 小人(しょう じんにして ) (しこうして ) (そと ) 君子( くん しなり)

【書き下し】内陰にして而して外陽なり、内柔にして而して外剛なり、内小人にして而して外君子なり、

ここでは天地の道について、交わらないことで否塞となる作用を、内外を以って、内は陰であり外は陽であると述べ、人事徳性の作用では、内は柔弱であり外は剛強であると述べ、国を治め人を用いる上での施策としては、内は小人であり外は君子であると述べている。

小人(しょう じんの ) (みちは ) (ちょうじ)君子( くん しの ) (みちは ) 消也(しょうするなり)

【書き下し】小人の道は長じ、君子の道は消するなり、

長は増大すること、消は減少すること。
十二消長卦の巡りで云えば、小人の道が少しずつ長じ、君子の道が少しずつ消えて今、否となったのである。
十二消長卦については地雷復を参照

 

象伝(しょう でん ) 卦の(しょう)=形の解説で、大象(たいしょう)とも呼ばれ、彖伝同様に孔子の作と伝わる。

象曰(しょうに いわく)天地( てん ち ) (ざるは)(まじわら)(ひなり)君子( くん し ) (もって ) (つつまやかにし )(とくを ) ( さけ )(なやみを)(ざるべし ) (べから )(えいするに ) (もってす)1ノ祿(ろくを)也、

【書き下し】象に曰く、天地交わらざるは、否なり、君子以って徳を倹やかにし難みを辟け、栄するに禄を以ってす可からざるべし、

天地の気が交わらず、君臣の志が背き、上下が相和さないのが否である。
これは乱世無道の時である。
君子であるのならば、その徳を隠して小人の災害を避ける時であって、決して栄達のためにと禄を求めて仕官する時ではない。

爻辞( こう じ ) 〜周公旦の作と伝わる。象曰以下は孔子の作と伝わる象伝。

上九━━━
九五━━━
九四━━━
六三━ ━
六二━ ━
初六━ ━○

初六( しょ りくは)(ぬくに )(かやを ) (じょたり)(ひきゆ)其彙( その たぐいを)(ただしくして ) (きちなり)

【書き下し】初六は、茅を抜くに茹たり、其の彙を以ゆ、貞しくして吉なり、

象曰(しょうに いわく)(ぬくに )(かやを ) (ただしくして ) (きちなりとは)(こころざし ) (あればなり)(くんに)也、

【書き下し】象に曰く、茅を抜くに貞しくして吉なりとは、志君に在ればなり、

この卦もまた気運の変遷をもって、内外の時を分けている。
下卦坤陰三爻を否中の否とし、上卦乾の三爻を否中の泰とする。
その義は泰卦の解説と同様である。

さて、坤の三陰が相連なることは、なお泰の乾の三陽が相連なるがごとくである。
だから、茅を抜くに茹たり、と、泰の初九と同じ言葉を使うのである。
その泰の初九は、上の六四の爻に陰陽相応じるをもって、六四執政のために挙げ薦められるという義を帯び、かつ泰の時であるのだから、乾の三陽爻の君子なれば、往きて仕えて吉なるの道である。
しかし今、否の初六は陰柔卑賤の小人であって、挙げ薦められるという義はない。
元来坤の三陰柔の小人なのだから、その同類の卑賤者を率いて柔順に、よく君上の志による言いつけに従って、上の言うとおりに力を尽くし、己の分を守ることである。
そうであるのなら、貞正な時には吉である、という義をもって、其の彙を以ゆ、貞しくして吉なり、という。

上九━━━
九五━━━
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六三━ ━
六二━ ━○
初六━ ━

六二( りく じは )(かねられて ) (うけたり)小人(しょう じんは ) (きちなり)大人( たい じんは ) (ひなり)(とおる)

【書き下し】六二は、包られて承けたり、小人は吉なり、大人は否なり、亨る、

象曰(しょうに いわく)大人( たい じんは ) (ひなり ) (とおるとは)(ざればなり )(みださ )(むれを)也、

【書き下し】象に曰く、大人は否なり亨るとは、群を乱さざればなり、

六二は柔順中正にして、九五の爻に応じている。
とは言っても、己は陰柔不才なので、この否の時に当たって天下の否塞を救い、騒乱を払い収めるような力量はない。
下は上に従い、臣は君に承(う)け、陰は陽に包ねられるものだから、とにかく上に承け従うを第一とする。
だから、包られて承けたり、という。
これは卦象によって義を示したものである。

さて、今は否中の否だとしても、小人卑夫の分際では、どうすることもできない。
したがって、小人ならば、中正の道に従って柔順にして、上に承け従うことこそが、吉の道なのである。
だから、小人は吉なり、という。
しかし大人であるのなら、否を救い乱を払い治めるべきの任がある。
としても、否中の否のときだから、容易にそんなことはできない。
また、爻について観るときには、中正だとしても陰柔不才にして、乱を払い治め、否を通すべき力量はあろうはずがない。
だから、大人は否なり、という。
ただし、いつまでも否塞の状態が続くわけではない。
六二は中正の道を守って、上に従って時を待っていれば、自然に通じる時が来るものである。
だから、何れその通じる時が来るという意味で、亨る、というのだが、同時に、人々が群れをなして乱を起こさないように止める役割は果たせる、という意味でも、亨る、という。

上九━━━
九五━━━
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六三━ ━○
六二━ ━
初六━ ━

六三( りく さんは)(かねられて) ( はず)

【書き下し】六三は、包られて羞ず、

象曰(しょうに いわく)(かねられて ) (はずとは)(くらい ) (ざればなり )(あたら)也、

【書き下し】象に曰く、包られて羞ずとは、位当たらざればなり、

六三は内卦の極に居て、しかも陰爻にして陽位に在るのだから不当である。
としてもここは人臣の極位であって、爵禄ともに軽くない重臣である。
今、天下は否塞の時に遇っているのだから、重臣であるのなら、身を粉にしてその否を救い、乱を払い治め、宗廟社稷を安泰ならしめるべき任がある。
まして、内卦の極に在るのだから、否中の否はすでに終わって、漸く否中の泰に向かう兆しがある。
このときに当たっては、有能な者であれば、非常の大手段を尽くして天下の乱を払い治め、否を救うものである。
しかし六三は陰柔不才にして不中不正の爻であり、そんな大手段など期待されても、とても不可能である。
だから、包られて羞ず、という。
羞ずとは、世禄の臣でありながら、その職任に堪えない恥辱をいう。

上九━━━
九五━━━
九四━━━○
六三━ ━
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初六━ ━

九四(きゅう しは )(あれば)(めい ) ( なし)(とが )(たぐい) ( つく )(さいわいに)

【書き下し】九四は、命有れば咎无し、疇祉に離く、

象曰(しょうに いわく)(あれば)(めい ) (なしとは)(とが )(こころざし ) 行也(おこなわるるなり)

【書き下し】象に曰く、命有れば咎无しとは、志行わるるなり、

九四は、否中の否の時はすでに尽きて、否中の泰に移る時なので、気運の変遷をもって爻辞を書いている。
否中の否のときに行動を起こすのであれば、時を得ていないのであるから、それこそ咎がある。
しかし今、否中の泰の時に移ったのである。
したがって、このときに、天命を得た英勇があるのであれば、乱を払い治め、否を救うことに、咎があろうはずがない。
だから、命有れば咎无し、という。
ここに、ことさら咎无しというのは、そもそも、否を救い、乱を払い治めるためには、武力行使も必要だからである。
天命を得ず、安易に武力を行使するのならば咎もあろう。
しかし今、天命を得て、民のために、否を救い、乱を払い治めるために、止むを得ずして武力を行使するのである。
これは君子としての正しい志を行うことである。
したがって、武力行使をしても咎がないことを、強調しているのである。

そもそも天下の否を救い、乱を払い治めることは、単一の祉福(さいわい)のみではなく、その疇(たぐい)=関連する人倫その他悉く、その祉福に付着するものである。
だから、疇祉に離く、という。
なお、周易が出来た頃は、離の字は「はなれる」ではなく「付着する」という意味だった。

上九━━━
九五━━━○
九四━━━
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六二━ ━
初六━ ━

九五(きゅう ごは )(やすむ)(ひを )大人( たい じんは ) (きちなり)(それ ) (ほろびん ) (それ ) (ほろびんとして)(かかるべし)苞桑( ほう そうに)

【書き下し】九五は、否を休む、大人は吉なり、其れ亡びん其れ亡びんとして、苞桑に繋るべし、

象曰(しょうに いわく)大人( たい じんの)(きちなりとは)(くらい) ( せい ) 當也(とうなればなり )

【書き下し】象に曰く、大人の吉なりとは、位正当なればなり、

九五は否中の泰の中位に在って、否も殆ど尽きようとする時に向かっている。
もとより九五は陽位に居る陽爻だから位は正しく当たり、剛健中正の徳が有り、否を救い、乱を払い治める英勇の君上である。
だから、否の気運を終息させるという意味で、否を休む、という。
そして、そもそもこれは、大人君子の志を得て、功を成すべき時であるのだから、大人は吉、という。
要するに、六二の爻の否中の否の時とは反対なのである。

さて、六二では、大人は否なり、とし、この九五では、大人は吉なり、という。
また、六二の時は、否中の否だが、最後に「亨る」と付け加えてある。
これは、志行堅固にして、この九五の時を待ち、九五とともに否を救い、乱を払い治めれば、そのときに亨る、という義である。
しかし、このような時勢に向かっているとしても、今、直ちに否の全卦が終わるわけではない。
まだまだ一歩間違えば、忽ち否中の否へ陥ち入る危険がある。
とすると、常に惧れ謹んで、このままだとそのうち滅亡する可能性もある、と、戦々兢々として警戒するべきである。
喩えば、苞(茅の一種)や桑の細い枝に、重い物をぶら下げるときのように、慎重な上にも慎重に、危ぶみ省みながら行うのが大事である。
このようであればこそ、否を救い得て、泰通の時に至るものなのである。
だから、其れ亡びん其れ亡びんとして、苞桑に繋るべし、という。

※なお、苞桑は「桑の根」という意味の熟語でもあるが、中州は上記のように解釈している。

上九━━━○
九五━━━
九四━━━
六三━ ━
六二━ ━
初六━ ━

上九(じょう きゅうは)(かたぶく)(ひを )(さきには ) (ふさがり)(のちには ) (よろこぶ)

【書き下し】上九は、否を傾く、先には否がり、後には喜ぶ、

象曰(しょうに いわく)() (おわれば)(すなわち ) (かたぶく)(なんぞ ) (べきなり )(ながかる)也、

【書き下し】象に曰く、否終われば、則ち傾く、何ぞ長かる可きなり、

この爻は否の終りにして、否もすでに傾き尽くして、もう長くは続かず、まさに泰通に至ろうとするときである。
だから、否を傾く、という。
しかし、天下の否は、自ら傾き尽きるものではない。
乱を治め、否を救うのは、天命を得た大人である。
したがって、人力を尽くして心を用い、その後に安泰に至る、ということである。
ともあれ、これまでは否塞の乱世に憂い苦しんでいたのが、これより後は、否もすでに傾き尽くして泰通安寧の世に向かうのであって、楽しみ喜ぶときである。
だから、先には否なり、後には喜ぶ、という。

前の卦=11地天泰 次の卦=13天火同人

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31.沢山咸 32.雷風恒 33.天山遯 34.雷天大壮 35.火地晋 36.地火明夷 37.風火家人 38.火沢睽 39.水山蹇 40.雷水解 41.山沢損 42.風雷益 43.沢天夬 44.天風姤 45.沢地萃 46.地風升 47.沢水困 48.水風井 49.沢火革 50.火風鼎 51.震為雷 52.艮為山 53.風山漸 54.雷沢帰妹 55.雷火豊 56.火山旅 57.巽為風 58.兌為沢 59.風水渙 60.水沢節 61.風沢中孚 62.雷山小過 63.水火既済 64.火水未済

ここに書いているのは、江戸後期の名著、眞勢中州の『周易釈故』より抜粋し、現代語で意訳したものです。
漢字は原則として新字体で表記しています。
易の初歩的なことについては易学入門をご覧ください。
また、六十四卦それぞれの初心者向け解説は無料易占いのページをご覧ください。
占いながら各卦の意味がわかるようになっています。

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最終更新日:令和02年09月09日 学易有丘会
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