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危険な古代史
古事記日本書紀のトリッキーな数字の仕掛け

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第一章  第三章 第四章 第五章 第六章 第七章 第八章 第九章 第十章

第二章 円周上に配置された神々と古代天皇

1、神々と古代天皇の登場順には法則があった! 2、易とは何か…陰陽〜八卦〜六十四卦 3、歴代天皇と易六十四卦の序次 4、歴代天皇のふざけた名前 5、仁者は山を楽しむ〜仁徳天皇陵 6、神世と易六十四卦の序次 7、伊邪那岐・伊邪那美神と一陽来復
追補1、各天皇と易六十四卦との関係の詳細@
 追補2、各天皇と易六十四卦との関係の詳細A 追補3、神々と易六十四卦との関係の詳細

このページは動画「危険な古代史〜古事記日本書紀のトリッキーな数字の仕掛け2」を文章化したものである。
現代人にはあまり馴染のない易の理論との関係がメインなので、文章だけでは伝え難い面もあり、動画にしたのだが、動画だけでは伝え難い面もあるので、動画では端折った部分も加えて、ここに文章化したものである。

1、神々と古代天皇の登場順には法則があった!

前ページでは「古事記日本書紀にはトリッキーな数字の仕掛けが組み込まれている」というこで、そのトリッキーな仕掛けが姿を現す表をお見せしたわけだが、その仕掛けの奥に隠されていたのは、この図だったのである。

この図は、古事記日本書紀に記載された神々と天皇は、国之常立神くにのとこたちのかみから持統じとう天皇までで一周するように数を揃えたものだった、ということを示している。
この図にある漢字一文字乃至二文字で示したものは、易六十四卦えきろくじゅうしか卦名かめいで、このように53番目で一周するように六十四卦を並べ、そこに、それぞれの位置の卦の意義に基づいて、神々と天皇の名前や物語を創作したのだった、ということである。
要するに古事記日本書紀に書かれた歴史は、神話も含めて古伝承といったものではなく、すべてが虚構だったのだ。

そしてこの図には、追々触れるが、「歴史を腐敗させた女帝を訴える」というメッセージが込められていて、それは持統天皇により、日本の黒歴史を封印するための虚構の歴史書作成事業が始まり、その結果としてできたのが日本書紀だった、ということである。
しかし真実の歴史を完全に抹殺したわけではなく、太安萬侶と舎人親王が、この図を見つけた人には真実を解読できるようにと、仕掛けを組み込んで、古事記と日本書紀を作成したのだったのである。

百歳を超える古代天皇の長寿の数字も、日本書紀のところどころにある数字の矛盾や誤記と思われる記述も、歴史学が意味不明としてきたことすべてが、その仕掛けだったのである。
中国側の史料にある卑弥呼や倭の五王は、その黒歴史と深く関わるので、普通に読み取れる日本書紀の物語では触れないようにしていたのだ。
真実の歴史では、それが誰なのかもちゃんと明らかにしている。
これから順に述べるが、まずはこの図を見つけるまでの経緯として、なぜ第一章で提示した西暦ではなく皇紀で古事記日本書紀の歴史を観る表を作ろうと思ったのか、ということから始めたい。
確認のため、その表を再掲しておく。

実はこの表は、もっと多くの要素を一覧表にして眺めるために作ったもので、その中の一部を抜粋したものだったのだ。
その元々の表を作ろうとしたきっかけは、神武天皇から日本書紀最後の持統天皇までのすべてが、先ほどちょっと触れた易六十四卦の序次にしたがって並べられたものである可能性に気づいたからである。

その元々の表を作ろうとしたきっかけは、神武天皇から日本書紀最後の持統天皇までのすべてが、先ほどちょっと触れた易六十四卦の序次にしたがって並べられたものである可能性に気づいたからである。
私は二進法数学の原点とも言われる易の理論の面白さに魅せられ、現在、この易占いを中心としたサイトを運営していて、もちろんこのページもこのサイト内のひとつなのだが、その気づいたのは、筮竹ぜいちくを振って算木さんぎを連ねて占うことを日常的に楽しむようになって、暫く経ったある日のことだった。

〇 神武天皇76年崩の意味

そう言えば、古事記日本書紀には易経からの引用が数多くあったし、神武天皇即位年算出根拠とされる辛酉革命しんゆうかくめい讖緯説しんいせつなんていう言葉で片付けられているけど、要するに易の理論から作り出されたものなんだよな〜、なんてことを思い出し、懐かしさもあって、久々に本棚の隅から古事記日本書紀を引っ張り出して読み返していた時のことだった。

丁度、日本書紀の神武天皇が東征を終えて、いよいよ橿原かしはらの地に都を造ることを宣言する場面に読み進み、「今運いまよ屯蒙わかきくらきひて」(原文は今運属屯蒙)、という文字列を見たとき、「えっ!?」という衝撃が走ったのだ。

岩波大系本では「いまよ わかき くらきに あひて」とルビを振っていて、頭注に、周易しゅうえき序卦じょかにある言葉だと、なんか小難しく書いてあったが、要するにこの「今運屯蒙に属いて」は、今の時代を易の卦に擬えるのなら、易六十四卦の序次三番目の水雷すいらいちゅんと、四番目の山水さんすいもうという二つ卦に該当する、といった意味なのだ。

としても、このような言葉は文章を飾るための漢籍からの引用のひとつに過ぎず、取り立ててどうこう言う程のことはない、というのが一般的な歴史学の姿勢で、私もかつて、易を知らなかったときにはそう思ってスルーしていた。
一般には耳慣れない言葉だし、それが当然だろう。
しかし、その頃の私は、易占いを楽しむ者の常で、数字を見るとすぐ易の卦に変換してみるクセがついていたのだ。

そのため屯蒙という言葉に接すると無意識に、屯は六四、蒙は七六、ということが頭を過り、同時に神武天皇は七十六年に崩御した、とあることを思い出したのだ。
念のためページをめくって崩御の記事を確認したが、確かに「七十有六年春三月甲午朔甲辰、天皇崩于橿原宮」とあった。

神武天皇が即位から七十六年目に崩御したことや、崩御時の百歳を超える年令が、誰しもが疑いようのない歴史的事実ならば、この一致は単なる偶然だろう。
しかし古代天皇の長寿を歴史的事実だと考える人はまずいない。
したがって、神武天皇の時代を屯蒙と設定し、崩年はそのうちの蒙が示す数字の七と六を組み合わせて七十六年とした、と考えるほうが自然だ。
とすると、古代天皇は何か易の理論とただならぬ関係があると感じ、「え!?」と思ったのだ。
そこで、話を進める前に、次のページでは易について簡単に触れておくことにする。

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危険な古代史 古事記日本書紀のトリッキーな数字の仕掛け もくじ

第一章 皇紀と古事記日本書紀のヤバイ関係!

第二章 円周上に配置された神々と古代天皇
1、神々と古代天皇の登場順には法則があった!(このページ)
 2、易とは何か…陰陽〜八卦〜六十四卦 3、歴代天皇と易六十四卦の序次 4、歴代天皇のふざけた名前 5、仁者は山を楽しむ〜仁徳天皇陵 6、神世と易六十四卦の序次 7、伊邪那岐・伊邪那美神と一陽来復 
追補1、各天皇と易六十四卦との関係の詳細@
 追補2、各天皇と易六十四卦との関係の詳細A 追補3、神々と易六十四卦との関係の詳細

第三章 古事記序文の暗号解読
1、歴史改竄への道!
 2、持統天皇の悪だくみ 3、天武天皇の願い

第四章 持統天皇と〇〇の危険な情事!
1、仲哀天皇の崩年齢52歳の意味
 2、持統天皇とその周辺の表向きの歴史 3、高市皇子による持統天皇暗殺事件! 4、草壁皇子の出生の秘密 5、暗号のための日付と正しい日付 6、天武天皇と持統天皇そして稗田阿礼 7、持統天皇周辺の暗号が教える歴史

第五章 古代天皇の多くは、実は女性だった!
1、仁徳天皇に隠された秘密
 2、架空の天皇を教える暗号 3、男女の別を教える暗号 4、41ピースのジグソーパズル

第六章 古代女帝たちの鬼畜な不老不死の秘術
1、不老不死を手に入れる方法
 2、別天神五柱の暗号 3、解明!天照大御神そして倭 4、古代日本ヤマトイ国の真実!

第七章 大神神社の秘密〜すべてはヤタから始まった!
1、母系母権制社会脱却に失敗
 2、ヤタの改革と女帝の系図を教える暗号 3、ヤタという名前 4、日本最古の年代特定できる年 5、景行〜履中女帝までの年代

第八章 神武天皇は西暦490年頃の人物だった!
1、クーデターで二王朝に分裂!
 2、神武男帝のクーデター 3、美濃の革命軍 4、いよいよ革命軍が倭に乗り込む!

第九章 古代女帝政権の終焉
1、武力衝突を繰り返す二王朝
 2、継体女帝殺害と崇峻男帝殺害 3、聖徳太子の本当の姿 4、大化の改新の真相 5、女帝政権の崩壊 6、壬申の乱=最後の悪あがき

第十章 暗号が示す全歴史

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最終更新日:令和07年12月22日 学易有丘会
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