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漢文として楽しむ論語 郷黨第十 1/3

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郷黨第十 1/3 2/3 3/3

郷黨(きょうとう)とはこの篇の題名で、冒頭の二文字を取って音読みにしたもの。論語二十篇の第十篇である。この篇は聖人が心に従う規律を尽くす。

1(236) 孔子於郷黨…

孔子( こう し ) (おいては )郷黨(きょう とうに)恂恂如(じゅん じゅん じょたり)也、(にたり)(ざる )(あたわ )(ものいうこと ) (ものに)(その ) (いますときは)宗廟( そう びょう ) 朝廷(ちょう ていに)便便(べん べんとして ) (の玉う)(ただ ) 謹爾(つつしめるのみ )

【書き下し】孔子郷党に於いては恂恂如たり、もの言うこと能わざる者に似たり、其の宗廟朝廷に在すときは、便便として言う、ただ謹めるのみ、

【訳】孔子はその住む集落では素直にして飾らなかった。その集落では長者宗族の交わりなので、賢智を以って人に先立たないよう謙って順い、まるで物が言えない人のように黙っていた。一方、宗廟でその祭にあずかる時は、礼法に従い詳らかに問いて事を行い、朝廷では政事の議論を説き極めるために、積極的に発言した。ただし、謹んで必要なことだけを述べた。

【解説】ここで云う郷党は孔子が住んでいる集落。恂恂如は信実な様子。素直にして飾らないこと。宗廟は魯君の廟、便便は弁舌のこと。

2(237) 朝與下大夫言…

(ちょうにして) ()下大夫( か だい ぶ )(の玉うときは)侃侃如( かん かん じょたり)也、()上大夫(じょう だい ぶ )(の玉うときは)ァァ如( ぎん ぎん じょたり)也、君在(くん いますときは)踧踖如(しゅく せき じょたり)也、與與如( よ  よ じょたり)也、

【書き下し】朝にして下大夫と言うときは、侃侃如たり、上大夫と言うときは、ァァ如たり、君在ますときは、踧踖如たり、与与如たり、

【訳】朝廷で、君に未だお目にかからない間に、諸大夫と話することがあれば、その下大夫と話すときは、言葉素直にひるまず論を正しくして、忌み隠すことはなかった。上大夫と話すときは、言葉を柔らかにして論を正した。君がお見えになったときは、常に敬い謹み、礼儀正しくした。

【解説】諸侯の卿を上大夫と云うにより、次の大夫を下大夫と云う。侃侃はひるまずに直に述べること。ァァは和やかに正すこと。踧踖は敬い謹む様子。與與は礼儀正しい様子。

3(238) 君召使擯…

君召( くん めして ) 使(しむるときは )(ひんせ)也、(いろ ) 勃如( ぼつ じょたり)也、(あし ) 躩如(きゃく じょたり)也、

【書き下し】君、召して擯せ使むるのときは、色、勃如たり、足、躩如たり、

【訳】魯の君が接待役に任じられると、孔子の顔色は緊張の面持ちで、恭しく慎重に歩幅小さく恭しく歩いた。

【解説】諸侯が会って賓主となるとき、賓君が来るとき、大門の外に出迎えて、その来たれる意趣を問い聞く。そのとき、賓主の間に立って命を受け伝える役人がある。賓の方は介と云い、主君の方の役人を擯と云う。君の位によってその数に違いはあるが、上は卿、次は大夫、末は士である。勃は色を変える様子、躩は小刻みに恭しく歩く様子。

(いっして )(ところを )與立(ともに たつ )(ひだり)()(みぎにす) ( てを)衣前後(ころもの まえ うしろ)襜如( ぜん じょたり)也、趨進(わしり すすむときは)翼如( よく じょたり)也、

【書き下し】ともに立つ所を揖っして、手を左右にす、衣の前後、襜如たり、趨り進むときは、翼如たり、

【訳】その場に立って胸の前で腕組みして挨拶し、共に並んで立つ人にも挨拶するために、左の人には左手を、右の人には右手を出して挨拶した。衣の前後はきちんと整っていた。主君が賓を請じて入られるとき、擯者もそのあとに続いて入るのだが、その形は礼に従って鳥の翼のように腕を組んだまま肘を張り、素早く進んでもその威儀は崩れなかった。

【解説】揖は両手を胸の前で組んで少し上にあげる挨拶。襜は衣の垂れ整った様子。

(ひん ) 退(しりぞくとき)(かならず ) (かえして )(めいを)(の玉わく)(ひん ) (ずと )(かえりみ)矣、

【書き下し】賓、退くとき、必ず命を復して、曰く、賓顧みず、

【訳】賓が退出すると主君は擯者に命じて送らせるのだが、賓の車を見送り、賓君すでに遠く去って顧みないことを確認すると、これで礼に残るところがないので、賓君が無事に帰ったことを君に報告した。これは定まった礼なのだが、当時は多くの人が適当に省略していた。しかし孔子は、きちんと復命するところまで省略せずに行った。

【解説】復命は受けた命を務め終わったことを君に報告すること。

4(239) 入公門…

(いるときは)公門( こう もんに)鞠躬如( きく きゅう じょたり)也、(ごとし )(ざるが )(いれられ)(たつときは) ()(ちゅうせ )(もんに)(ゆくときは) ()(ふま )(しきみを)

【書き下し】公門に入るときは、鞠躬如たり、容られざるが如し、立つときは門に中せず、行くときは閾を履まず、

【訳】宮廷の門を入るときは、大きな門ではあるが、小さく狭い門を通るときのように、身を屈めて小さくなって入った。門の下に立つときは、その中程は避けた。門を通行するときは、敷居を越えるわけだが、その敷居の上に足をつかず、跨いで越えた。

【解説】これは孔子が朝参するときの礼容を記す。公門は君の宮廷のとても大きな門。鞠躬は身を屈めること。その頃の門の中央には扉を固定する塚柱があり、人は常に東の扉より出入りした。おそらく京都御所の建礼門をさらに大規模にした造りだったのではないかと思われるが、その門の扉を開いた部分の中程は君が出入りするところなので、臣はそこを避けて西の方わきを通るものだった。閾は敷居のこと。敷居を履まないのは日本の礼法にもなっている。

(よぎるときは) (くらいを)(いろ ) 勃如( ぼつ じょたり)也、(あし ) 躩如(きゃく じょたり)也、其言(その の玉うこと ) (にたり)( ざる)(たら ) (ものに)(かかげて )(もすそを ) (のぼるときは )(どうに)鞠躬如( きく きゅう じょたり)也、(おさめて)(きを ) (にたり)( ざる)(いきせ) (ものに)

【書き下し】位を過ぎるときは、色、勃如たり、足、躩如たり、其の言うこと足らざる者に似たり、齊を攝げて堂に升るときは、鞠躬如たり、気を屏めて息せざる者に似たり、

【訳】君が時々立って外朝を視る場所を通り過ぎるときは、今は君が堂上に居てそこにはいないとしても、必ず敬いの心を以って緊張の面持ちで慎重に歩幅小さく恭しく歩いた。このときに同列の臣から話しかけられることがあっても、慎んで極力話さないようにした。その様子は知力が足りない者のようであった。君命によって堂に上るときは、礼法に則って、階段で躓かないように両手で裳裾を掲げ、身を屈めて小さくなって上った。しかも堂上で至尊の君に間近に会うのに失礼がないようにと、極力息を殺し、まるで息をしない者のようだった。

【解説】位は門内の衝立の塀の前のこと。君が外朝を視るときに立つ場所。この時は、君は内朝を視て堂上にいるので、この場所は虚位になっている。勃如は緊張の様子。躩如は慎重に歩幅小さく歩く様子。鞠躬は身を屈めて小さくなる様子。

(いでて ) (くだるときは)一等( いっ とうを)(はなって)顔色( がん しょくを)怡怡如( い い じょたり)也、(つくして )(かいを ) (わしるときは)翼如( よく じょたり)也、(かえるときは)其位( その くらいに)踧踖如(しゅく せき じょたり)也、

【書き下し】出て一等を降るときは、顔色を逞って怡怡如たり、階を没して趨るときは翼如たり、其の位に復るときは踧踖如たり、

【訳】君前より退出して、階段を一段降りると、漸く君に遠ざかれることから、顔色は緊張から解放されてホッとしたのか、喜ばしく見えた。階段を下まで降りて、元の場所へ帰るときは、素早く進んだ。最初に他の臣とともに立ち並んだ堂の下の位置に戻ると、元のように敬い謹み立ち並んだ。

【解説】一等は階段の一段のこと。怡怡は喜ばしい様子。趨は素早く進むこと。元の場所に戻るときは素早く進むことが敬である。踧踖は敬い謹む様子。

5(240) 執圭…

(とるときは )(けいを)鞠躬如( きく きゅう じょたり)也、(ごとし)(ざるが)( たえ)(あがれるときに ) (ごとく )(いっするが)(さがれるときに ) (ごとし )(さずかるが)勃如(ぼつ じょとして ) 戰色(せん しょくあり)(あし ) 蹜蹜(しゅく しゅくとして ) (ごとし )(あるが )(したがうこと)

【書き下し】圭を執るときは、鞠躬如たり、勝えざるが如し、上がれるときに揖っするが如く、下がれるときに授かるが如し、勃如として戦色あり、足、蹜蹜として循うこと有るが如し、

【訳】圭を持つときは、身を屈めて小さくなり、軽いのに重さに耐えられないような様子で抱えた。歩くときも大きく揺らすことはなく、地面に上がり下がりがあっても、上がるときはせいぜい胸の前で腕組みして挨拶する程度、下がるときは物を授ける程度に腕が動くに過ぎなかった。緊張しておののき奮い、足取りは歩幅狭く、まるで地を離れないようだった。

【解説】ここでは孔子が君の使者として隣国へ聘問したときの礼容を記す。執は持つということ。圭は天子より諸侯を封ぜられる時に、その証として賜れる瑞玉のこと。普段は君自らこれを執る。聘問の時は大夫にこれを持たせ、先方の君の前に見せて信を通す。戦色はおののき奮うこと。蹜蹜は歩幅が狭い様子。享は奉ること。

享禮(きょう れいには) ( あり)容色( よう しょく)私覿( し てきには) 愉愉如( ゆ ゆ じょたり)也、

【書き下し】享礼には容色有り、私覿には愉愉如たり、

【訳】聘礼が終わって享礼になると、容貌顔色緩やかに和らいだ。その後、私的な土産を奉るときには、享礼よりもさらに喜ばしく和らいだ様子だった。

【解説】聘礼が終わって後、本国より贈り奉る玉壁を堂上に連ね、進物を庭上に並べて享礼を行う。聘は君の命を尊ぶによって敬に非ざれば其の礼を尽くすことができないが、享は君の意を達するによって和に非ざれば其の礼を尽くすことはできない。私覿は公式ではなく個人的なこと。愉愉は喜ばしい様子。

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最終更新日:令和02年09月07日 学易有丘会
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