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漢文として楽しむ論語 學而第一 1/2

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學而第一 1/2 2/2

学而(がくじ)とはこの篇の題名で、冒頭の二文字を取って音読みしただけに過ぎず、特別な意味はない。論語二十篇の第一である。

文字を読むより聞きたいという方は、YouTube版 漢文として楽しむ論語1 学而第一 1/2でどうぞ。

1 子曰學而時習之…

子曰( しの の玉わく)(まなびて)(おりおりに) ( ならう)(これを)(ずや )(また ) (よろこばしから)乎、

【書き下し】子の曰く、学びて時に之を習う、また説ばしからずや、

【訳】先生が仰った。何かを学び教わったら折に触れてそのことを復習する。なんと喜ばしいことだろう。

【解説】子とは孔子を指す。子は男子を尊びて呼ぶ詞。古は師を称して子と云った。曰は通常「いわく」と訓むが、尊敬を込めるときは「のたまわく」と訓み、江戸時代の慣例としてルビは「の玉わく」と振る。論語は孔子を師すなわち先生として尊敬を込めてその言行を収録したものだから、孔子の言葉が語られる場合は尊敬を込めて「のたまわく」と読み、他の人々の発言は「いわく」と読む。他にも孔子が尊敬する伝説の帝王である堯、舜、禹、周の武王、文王の発言も「のたまわく」と読む。語彙が多彩な日本語ならではの慣例であって、英語の"The teacher said"を翻訳するとき、先生を対等だとして「先生が言った」とも、敬意を込めて「先生が仰った」ともするのと同様の感覚だろう。
さて、子曰は別として、論語を開いて最初に出てくるのがこの学という字である。学ぶということはとても大事だからである。孔子の教えを学ぶ第一歩としてまとめられたのが論語である。学とは教わりまなぶこと。自分が知らないことを、すでに知っている人から教わり学ぶのである。孔子は天下万民が住みよい平和な社会を作るにはどうしたらよいかを、過去の歴史を紐解きながら学び研究し、理想的な在り方を道と称した。立派な人すなわち君子が心得るのは、道を学び徳を成して、常人より聖人に至る学を志すことである。人は万物の長なれば、己を成し物を成す。人の責任は重い。天下の道理を知り、どんなときも天下全体を考えて行動を取れるように学ぶのである。決して自分の名誉のため利益のために学ぶのではない。よくその道を極めてその任を尽くせるのが聖人である。そんな聖人が治める世の中こそ貧富の差が少なく、庶民が虐げられることのない理想社会だ、としたのが孔子だった。
しかし何かを学び教わったとしても、そのままにしておけば、身につかずにやがて忘れてしまう。折に触れて復習することが大事であり、そうであれば、そのことを教えた者としても喜ばしく思うし、さらにいろいろ教えようという気にもなる。之を習うの之は学んだこと、説は「よろこぶ」という意。不○○乎は「なんと○○なことだろう」という感嘆を込めた漢文の言い回し。正確には()○○()とルビを振るべきだが、慣例として、(ずや)○○乎、と振られることが多く、ここでもそれに倣った。また、而の字は読んでいないが、日本語で意味を考えながら読む場合には、この文章内では敢えて読む必要がないから読んでいないのである。もちろん文章によっては読む必要がある場合もある。こういった読まないことがある字は、他にも矣、也など、いくつかある。

(あり )(とも ) (より )遠方( えん ぽう )(きたる)(ずや )(また ) (たのしから)乎、

【書き下し】朋有り遠方より来る、また楽しからずや、

【訳】かつて一緒に勉強した朋友が遠くからはるばるやって来た。なんと楽しいことだろう。

【解説】朋は朋友、自分と同じ目標で勉強した仲間。遠方より来るというのは、懐かしくもあり、とても嬉しくものだ。まして同じ道を勉強した仲間であれば、久しぶりにその話もでき、お互いの成長を感じたりして、勉強にもなり、楽しく有意義なひとときを過ごせる。ただし、ドンチャン騒ぎをしたり酔いつぶれることではない。君子は常に穏やかで整然とした立ち居振る舞いを心がけるものである。

(ひと )(ずとも)(しら )()(いきどおら)(ずや )(また )君子( くん しなら)乎、

【書き下し】人知らずとも慍らず、また君子ならずや、

【訳】自分がこんなに勉強しているのを、他人に知られなくても憤ることなく平然としている。まさに君子たるに相応しいではないか。

【解説】慍は、いきどおる、うらむ、といった意。自分は何のために道を勉強するのか?他人から、あの人は博学でとても頼りになると賞賛されたいからか?そういう目的で勉強するのは小人であり、道の本質を理解できていない。他人から褒められたり尊敬されたくて勉強するのではなく、自分が道を究めたいから勉強するのである。したがって他人から尊敬されなくても褒められなくても知られなくても、まったく気にならない。それが君子というものである。

2 有子曰其爲人孝弟…

有子曰( ゆう しの いわく)(その )(なり )(ひとと ) 孝弟(こう ていにして)、而(このむ)(おかすことを)(かみを) 者 鮮( もの すくなし)矣、

【書き下し】有子の曰く、その人と為り孝弟にして、上を犯すことを好む者鮮なし、

【訳】有子が言った、よく父母に仕え順い、よく兄長に仕え順う人ならば、自分より上位の人を軽く見たり侮ることを好む者はとても少ない。

【解説】有子は孔子の弟子。有は姓、名は若。其為人とは、その人の人たるところ。孝とは父母に仕え順うこと、弟とは兄長に仕え順うこと。犯すとは、軽く見たり侮ること。上とは自分より上位にある人。そもそも孝弟の人はその心が和順で自ずから上位の人を軽く見て侮ることは稀である。さらに言えば、心が和順な人は自分より下位の者に暴虐することもない。なおこの文章では、矣の字は無視して読んでいるが、この文章内では日本語として読み下す場合に必要性がないから無視しているのであって、こういう字はほかにもいくつかある。

(ずして)(このま)(おかすことを)(かみを)、而(このむ)(おこすことを)(らんを) (もの ) (いまだ/ず)之有( これ あら )也、

【書き下し】上を犯すことを好まずして、乱を作すことを好む者未だこれ有らず、

【訳】上位の人を軽く見たり侮ることを好まない人で、道理に背いたり人を虐げたり諍いを引き起こしたりする者は、いまだかつてひとりもいない。

【解説】乱とは道理に背く、人を虐げる、諍いを引き起こすといった類をいう。

君子務( くん しは つとむ)(もとを)本立( もと たて )道生( みち なる )孝弟( こう ていは)也者、(それ ) (おこなうの)(じんを) 本與( もと か )

【書き下し】君子は本を務む、本立て道生る、孝弟は其れ仁を為うの本か、

【訳】君子は枝葉ではなく根本をきちんと務める、根本がきちんとしていれば、そこから自ずと道が開ける。したがって孝弟こそが仁を行うための根本ではないだろうか。

【解説】務むとは、力を専らここに用いて他に用いないことをいう。本とは本末転倒という言葉があるように、末に対していう。君子たる者は何事でも力を本筋とする所に用い務める、ということ。本立とは、木の根を土で固めてその木が動かないようにすることをいう。木の根が固まる時は枝葉がどんどん出て栄えるように、何事も本立つ時は、その道が生まれる、ということ。したがって、君子が目指す仁=簡単に言うと「思いやり」といったことだが、その根本は孝弟を出発点にしているのだと言えよう。

3 子曰巧言令色…

子曰( しの の玉わく)(よくし)(ことを ) (よくするは)(いろを) 鮮矣(すくないかな ) (じん )

【書き下し】子の曰く、言を巧くし色を令くするは鮮いかな仁、

【訳】先生が仰った。言葉巧みで見せかけだけ愛想よくする人に、仁の徳はとても少ないものだ。

【解説】「巧言令色(こうげんれいしょく)すくなし仁」という文語訳でも有名な言葉。巧言令色とは、言語顔色を繕って徳がある者の如くに見せかけることをいう。誤魔化して見せかけるというのは君子が最も軽蔑するところ。だからこそ、そういうことをしていると、決して君子の理想である仁の徳など身につくはずはない。また、巧言令色で近寄って来る人は、何らかの私利私欲があるわけで、そんな人に仁があるわけがない。

4 曾子曰吾日三省吾身…

曾子曰( そう しの いわく)吾日三( われ ひに みたび ) (かえりみる) 吾身( わが みを )

【書き下し】曽子の曰く、吾日に三たび吾が身を省みる、

【訳】曽子が言った、私は日に何度も自分の言行を省みる。

【解説】曽子は孔子の弟子、曽は姓、名は(しん)、字は子輿(しよ)。三という字は、論語の時代には多数という意で使われことが多いので、この三たびというのも何度もという意に解する。が、一方で、続く文章に計三つのことが挙げられていることから、ここでは三つのこと、と解する説もある。省は「かえりみる」こと、書店の三省堂はここからの命名か。

(ために)(ひとの ) (はかって)(ざるか)(ちゅうあら)乎、()朋友( ほう ゆう )(まじわって)(ざるか)(しんあら)乎、(つたえて ) (ざるかと)(ならわ)乎、

【書き下し】人の為に謀って忠あるざるか、朋友と交わって信あらざるか、伝えて習わざるかと、

【訳】人のために何かをするのに、自分のためにするのと同じように心を込めたか、朋友と交わるときには欺くことなく信頼していたか、何かを伝授されたら、ちゃんと復習して身につけたか、

【解説】忠とは心の底から尽くして残すところがないことをいう。忠とは言えない面があればこれを改め、なければますます忠であることを心がける。朋友とは友人全般を指すが、分ければ朋は同門、友は同志である。伝えるとは、師から伝授されることをいう。伝授されたら繰り返し復習して身につけることが大事なのは、冒頭に学而時習之とあるとおり。

5 子曰道千乘之國…

子曰( しの の玉わく)(おさむるには)千乘( せん じょうの)(くにを)(つつしんで)(ことを)(しんあり)(せっして)(ようを)(あいし)(ひとを)使(つかうに )(たみを ) (もってす)(ときを)

【書き下し】子の曰く、千乗の国を道むるには、事を敬しんで信あり、用を節して人を愛し、民を使うに時を以ってす、

【訳】先生が仰った、大国を治めるには、政事は慎重に行って民衆から信用信頼されるようにし、浪費せず、人民を愛護し、公役で農民を使うのも耕作が暇なときに限定するのがよい。

【解説】千乗の国とは、諸侯の大国。四方三百余里(約120km四方)にして、馬四頭で曳く兵車を千台出せる軍隊がある国。敬事とは、政事の大小に関わらず、よく慎み重んじて決定すること。信とは民に信用信頼されること。節用とは、ほどよくすること。財用を節制して、安易に費やさないこと。愛人とは、人民を愛護して苦しめないこと。使民以時の民は農民を指す。時とは耕作が暇な時をいう。公役を以って民を使うのは農業が忙しいときは避けるということ。

6 子曰弟子入則孝…

子曰( しの の玉わく)弟子( てい し ) (いりては ) (すなわち ) (こうあり)(いでては ) (すなわち ) (ていあり)

【書き下し】子の曰く、弟子入りては則ち孝あり、出でては則ち弟あり、

【訳】先生が仰った。年若い者は、家庭にいる時は父母に孝を尽くし、社会に出たら年長者を兄のように敬い、弟のように従順でいることが大事だ。

【解説】弟子とは、年若くこれから社会に出る者を指す。入るとは家庭に居るとき、出るとは社会に出ることをいう。

謹而信(つつしんで  まことあり)(ひろく ) (あいし)(しゅうを)(ちかづき) (じんあるに)(おこなって ) (あるときは) 餘力( よ りょく)則以(すなわち もちいて) ( まなぶ)(ぶんを)

【書き下し】謹んで信あり、汎く衆を愛して仁に親づき、行って余力有るときは、則ち以ちいて文を学ぶ、

【訳】行動を謹んで自分勝手な振る舞いをせず、信頼信用されるように、常に誠を尽くして偽らず、慈愛の心を広く大勢の人々に及ぼし、中でも仁者には親しく接し、そのようにしてさらに行うことに余力があれば、詩書礼楽を学ぶのがよい。

【解説】謹むとは、行いを謹むこと、守りて変わらず、勤めて怠らないことをいう。信ありとは、ものを言うときは誠を尽くし、偽らないということ。愛衆は慈愛の心を広く諸人に及ぼすこと。最後の学文というのは詩書や礼楽についての文章を学ぶことを指す。

7 子夏曰賢賢易色…

子夏曰( し  かの いわく)(けんとして)(けんを) (かえ )(いろに)(つかえて)父母( ふ ぼに ) (よく ) (つくし)其力( その ちからを)(つかえて)(くんに) (よく ) (いたし)其身( その みを )()朋友( ほう ゆう )言而(ものいって  )(あれば)(まこと)(いえども)(いうと)(いまだ/ずと)(まなば)吾必(われ かならず) (いわん)之學(これを まなびたりと)矣、

【書き下し】子夏の曰く、賢を賢として色に易え、父母に事えて能くその力を竭し、君に事えて能くその身を致し、朋友と交わり、もの言って信有れば、未だ学ばずと曰うと雖も、吾必ずこれを学びたりと謂わん、

【訳】子夏が言った。恰も色欲の代わりに賢者を尊び重んじているかのように誠実で、父母に仕えるときはできる限りの力を尽くし、君に仕えるときはその身の危険を顧みず、朋友と交わるときは、その言行が信用信頼できるなら、自分は無学だと言ったとしても、私は必ず彼を、学問を修めた人物だと断言する。

【解説】子夏は孔子の弟子、姓は卜、名は商、子夏は字。賢賢の先の賢は尊び重んじる意、後の賢は賢者を指す。色とは色欲のこと。直訳すると、色欲に代えて賢者を尊べということになるが、これは誠実さの喩えであって、実際にそうしろと言っているわけではない。力を尽くすとは、その力の及ぶ限りを極め尽くして残すところがないことをいう。そもそも子の身体は父母から受け継いだものなのだから、父母のために身を惜しまないことこそが孝なのである。致すとは、自分の一命を君に委ねて仕えること、その忠誠の志をいう。朋友の道は信にあり。言行には信用信頼がなければ関係が険悪になる。子夏は、机上の理論を学ぶことも大事だが、実践すなわち実学も大事だとして勧めたいという思いから、このように言ったのである。

8 子曰君子不重則不威…

子曰( しの の玉わく)君子( くん し )(ざれば)(おもから ) (すなわち) ()(いあら)(がくも ) (すなわち) ()(かたから)

【書き下し】子の曰く、君子重からざれば則ち威あらず、学も則ち固からず、

【訳】先生が仰った。君子は何事も慎重にしなければいけない。慎重でなければ軽く見られて威厳もなく、学問もいい加減になってしっかりと身に入らない。

【解説】これは、君子の道はおおむねこの如くなることをいう。君子たる人を論ずるのではない。不重は慎重ではないこと、軽佻浮薄なこと。不威は威厳がないことをいう。威厳がなければ侵し侮られるものである。学問も心がきちんと固まっていなければ、せっかく教わっても身に入らず、すぐ忘れてしまう。

(しゅとし)忠信(ちゅう しんを)(なかれ)(ともとすること) ( ざる )( しか )(おのれに) ( ものを)(あやまつときは ) (すなわち ) (なかれ)(はばかること) (あらたむるに)

【書き下し】忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無れ、過つときは則ち改むるに憚ること勿れ、

【訳】常に誠を尽くし、人格的に自分より劣った者を友としてはいけない。自分に過ちがあったときは、世間の目を気にせず、勇気を出して速やかに改めなければいけない。

【解説】主とは一番大事にするべきことといった意。忠信を一番大事に考えよということ。忠信とは誠を尽くすこと。何事であっても誠を尽くすことをいう。無れとは、自ら戒め止める詞。聖人が人を戒めるのではない。最後の勿れも同様。不如己者は、自分よりも劣った者という意。そんな者を友とすれば、益はなく、損があるだけ。もし、自分に劣る者が来て、教えを求める時は、謹んでその者を教え導くべきである。教え導くのではなく、強引に従わせるときは、自分もその者も共に損になるだけ。過則勿憚改は「過ちを改めるに憚ること勿れ」という訳が有名な言葉。

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最終更新日:令和02年10月19日 学易有丘会
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