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漢文として楽しむ論語 八佾第三 1/3

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八佾第三 1/3  2/3  3/3

八佾(はちいつ)とはこの篇の題名で、冒頭の二文字を取って音読みしたに過ぎない。論語二十篇の第三篇である。ここでは主に礼楽のことを論じている。

1(41) 孔子謂季氏…

孔子( こう し )(の玉わく)季氏( き しが )八佾( はち いつを ) (まうことを)(にわに)

【書き下し】孔子、季氏が八佾を庭に舞うことを謂く、

【訳】孔子は、季氏が八佾を庭で舞わせたことを論評する。

【解説】謂とは評論するという意。季氏は魯の大夫季孫氏のこと。佾は舞人の行列で、八佾ならば八人ずつ縦横に計六十四人が並び立つ。これは天子の舞楽である。諸侯は六佾で六人ずつ計三十六人が並び立ち、大夫は四佾で四人ずつ計十六人が並び立ち、士は二佾で二人ずつ計四人が並び立つ。魯は周公の国である。周公天下に大勲労があるので、天子の礼楽を認められ、魯公の廟祭に用いる。ただし大夫は各その家を立てた人を以って祖とし、公孫だとしても諸侯を以って祖とはしないものである。しかし魯の孟孫氏、叔孫氏、季孫氏の三家は、皆桓公の末だとして、それぞれに桓公の廟を家に建て、ついには公廟の礼に倣って八佾を家廟の庭で舞わせた。よって孔子はこのことを評じたのだ。

(これをも ) (べくば)(しのぶ)也、(いずれをか ) (ざらん)(べから)(しのぶ)也、

【書き下し】是をも忍ぶ可くば、孰れをか忍ぶ可からざらん、

【訳】これほどの君上に対する無礼を耐え忍ぶのならば、これ以上の屈辱は他にないところだ。こんなことを許すのであれば、他に許されないことなどない。

【解説】孔子は季氏の身の程知らずの君上に対する無礼を深く憎み、こう評したのである。

2(42) 三家者以雍徹…

三家( さん かは )(もって)(ようを) (てっす)

【書き下し】三家は雍を以って徹す、

【訳】三家では、祭礼が終わるとき、天子にだけ許された雍の詩を歌われながら、お供えが下げられた。

【解説】三家は魯の大夫孟孫叔孫季孫の家のこと。この三家の人たちは皆一様に驕り、礼を無視するので、おしなべて三家者という。雍は詩経の周頌の篇の名、徹は取り下げるといった意。周の天子の宗廟の祭礼は、終了するときに(にえ)(つくえ)=お供えを祭壇から下げるのだが、その時に雍の詩を歌う。このとき三家は各々この楽を僭用したのである。ちなみにお供えを下げることを日本では撤饌(てっせん)、上げることを献饌(けんせん)という。

子曰( しの の玉わく)相維(たすくる これ ) 辟公( へき こうあり)天子( てん し ) 穆穆、(ぼく ぼくたりというを ) (いずくんぞ ) (とらん)三家( さん かの )(どうに)

【書き下し】子の曰く、相くる維れ辟公あり、天子穆穆たりというを、奚んぞ三家の堂に取らん、

【訳】先生が仰った。祭礼を補佐する諸侯、深遠にして貴い天子……と詩にはあるが、三家の堂にそんなものはないではないか。

【解説】これは三家の僭礼をそしる言葉である。相維辟公、天子穆穆は雍の詩の一節。天子も諸侯も居ない三家の廟堂でこの歌にどういう意味があるというのか。彼等が無知でその意味もわからず、驕りにまかせて妄りにこれを用いたのだとしても、天子の礼楽を犯し盗んだことになる。

3(43) 子曰人而不仁…

子曰( しの の玉わく)人而(ひととして )(ざれば)(じんなら)()(れいを) ( かん)人而(ひととして )(ざれば)(じんなら)()(がくを) ( かん)

しの の玉わく、ひととして ざれば じんなら、い れいを かん、ひととして ざれば じんなら い がくを かん、

【書き下し】子の曰く、人として仁ならざれば、礼を如何、人として仁ならざれば、楽を如何、

【訳】先生が仰った。人間らしい心がなければ、礼を行って何になる。音楽を奏でて何になる。

【解説】仁とは人心全体の徳、人間らしさ、思いやり、愛といったこと。礼は人心の敬を行うためのもの、楽は人心の和を奏でるためのもの。敬和は礼楽の根本にして、みな仁により発用したものである。したがって人として不仁なる者は、すでにその心徳を失っている。形だけどんなに礼を行い、楽を奏でたとしても、何の意味もない。

4(44) 林放問禮之本…

林放( りん ぽう )( とう)禮之本( れい の もとを)

【書き下し】林放礼の本を問う、

【訳】林放が礼の根本について質問した。

【解説】林放は魯の人。世の礼を行う者は専ら儀文に頼ってするのを見て、その根本を思い、孔子に質問した。

子曰( しの の玉わく)大哉(おおいなるかな ) 問、(とえること  )(れいは) (よりは)其奢( その おごらん)(むしろ )儉、(つつまやかならん ) (もは ) (よりは)其易(その おさまらん)(むしろ )(いたまん)

【書き下し】子の曰く、大いなるかな問えること、礼は其の奢らん与りは寧ろ倹やかならん、喪は其の易ならん与りは寧ろ戚まん、

【訳】先生が仰った。とてもよい質問だ。吉礼は華美に奢るよりは、寧ろ倹約にして少し地味なほうがよい、喪はきちんとおさめるようとするよりは、寧ろ痛み悲しむほうがよい。

【解説】みな礼の末に付き従う中、ひとり林放は根本に志があるので、その問うところを誉めた。礼の根本は敬意であって、見栄や自慢で華美に奢るのは、寧ろ敬意に背くことになる。喪の礼は形式どおりにきちんとすることよりも、心からの哀悼が大事である。

5(45) 子曰夷狄之有君…

子曰( しの の玉わく)夷狄( い てきにして)( あり)(きみ )()(ごとくなら)諸夏( しょ かの )(なきが)也、

【書き下し】子の曰く、夷狄にして君有り、諸夏の亡きが如くならず、

【訳】先生が仰った。夷狄ですら君長あって人民を統べ司る。諸夏は礼義の地にして、君臣の分、極めて厳明だったのに、今の世の僭乱は君あれどもないのと同じようになっている。

【解説】これは周の末に、下奢り、上を犯して、君臣の分が明らかではなくなってきたことを嘆いたもの。諸夏とはは諸侯の国を指していう。中国を称して夏という。

6(46) 季氏旅於泰山…

季氏(きし) (りょせんとす)泰山( たい ざんに)

【書き下し】季氏泰山に旅せんとす、

【訳】魯の大夫の季氏が、礼を僭して泰山の旅の祭りを挙行しようとした。

【解説】旅は山祭の名。泰山は山の名。魯の地域内にある。その地域内の山川を祭るのは諸侯の礼である。しかし季氏は大夫でしかないのに、この礼を僭して泰山を祭ろうとした。

() (いって)冉有( ぜん ゆうに )(の玉わく)(なんじ) (じきか)(あたわま) (すくうこと)與、

【書き下し】子冉有に謂いて曰く、女じ救うこと能わまじきか、

【訳】先生は冉有に質問して仰った。あなたは季氏が僭礼の罪に陥るのを救うことはできないか。

【解説】冉有は孔子の弟子、姓は冉、名は求、字は子有。季氏の宰臣。

對曰(こたえて いわく)()(あたわ)子曰( しの の玉わく)嗚呼(ああ)(すなわち ) (おもわんか)泰山( たい ざんは ) ( ずと)(しか )林放( りん ぽうに)乎、

【書き下し】対えて曰く、能わじ、子の曰く、嗚呼、曽ち泰山は林放に如かずと思わんか、

【訳】冉有は答えて言った。私にはできない。先生が仰った。ああ(ため息)。だとすると泰山の神は林放に劣ると思っているのか。

【解説】これは孔子の嘆きを述べたもの。神は非礼を受けない。仮に泰山の神がこの祭りを受ければ、非礼をしらないことになる。林放ですら礼の根本を問うことを知っている。だとすると泰山の神は、林放にも劣る者ということになってしまうではないか。孔子は季氏がこれを聞いて思い止まってくれたらよいと考えつつ、林放を誉め、冉有を励まし、なおよく諫めてくれることを願っていたのだ。

7(47) 子曰君子無所爭…

子曰( しの の玉わく)君子( くん しは ) ( なし)(ところ)(あらそう)必也(かならずや  ) (しゃか)乎、揖讓(ゆう じょうして)(のぼり)(くだりて)(のましむ)(その )爭也(あらそいは  )君子( くん しなり)

【書き下し】子の曰く、君子は争う所無し、必ず射にしなか、揖譲して升り、下って飲ましむ、其の争いは君子なり、

【訳】先生が仰った。君子は何事も恭敬遜順して、人と争うことはしないものだ。もし争うことがあるとすれば、射礼の競技のときがある。だとしてもその射場に升るときも互いに譲り合って進み、勝負が終わり、一旦堂より下りた後。負けた者は罰杯を飲む。それでも勝って驕ることなく、負けて恨むこともない。それが君子の争いである。

【解説】揖とは、手を胸の前で組み、首を垂れて礼をすること。したがって揖譲は丁寧にゆずること。射礼は堂上から庭に建てた的を射る競技。まず階段の下から射て、次第に高い位置に上りつつ射る。このとき、互いに揖して譲り合いながら升るのだという。

 

8(48) 子夏問…

子夏(しか) 問曰(といて いわく)巧笑(たくみに わらうこと ) (せんたり)兮、美目(かおよき めもと ) (へんたり)兮、素以( そ もって ) (なすとは) (いろえを)兮、何謂也(なんと いうことぞ  )

【書き下し】子夏問うて曰く、巧みに笑うこと倩たり、美き目もと盻たり、素以って絢を為すとは、何と謂うことぞ、

【訳】子夏が質問して言った。笑顔が素敵で口元が美しく、顔がよく目の形もよく、瞳も涼やかで、何もしない素のまま直接に色絵を施すとは、どういうことですか。

【解説】これは今の詩経には収録されなかった詩の一節。美は顔立ちがよいこと。盻は目の中の黒白がスッキリと別れていること。素は絵を描くときの下地に白い胡粉を塗ること。絢は彩色のこと。詩の本意は、生まれつき美しい女性が化粧して衣装の飾りを加えることは、絵の粉地の上に彩色を施すが如くだということ。子夏はこれを誤って、何もしない素のままの下地に直接彩色を加えるか、と疑って問うた。

子曰( しの の玉わく)繪事( えの こと ) (のちにす)(そより)(いわく)(れいは) (のちか)乎、

【書き下し】子の曰く、絵の事は素より後にす、曰く、礼は後か、

【訳】孔子が仰った。色彩を加えるのは白い胡粉を塗って下地を作った後にすることだ。子夏が言った。礼は下地を作った後に描く彩色の絵ということか。

【解説】絵事とは、彩色をもって描くこと。粉地を塗ったその後にすること。この礼は礼儀作法のこと。忠信の質があって後に礼儀は行われなければならない。もし忠信ではない人が礼儀作法どおりに何かを行っても、それは見せかけだけの虚構にしてその実はない。子夏は孔子の詩を解ける一言によってこの道理を悟ったので、またこれを以って問うた。したがってここでいう素とは忠信のことで、その素がきちんとできた上で描く彩色が礼ということ。

子曰( しの の玉わく)(おこすは)(われを)(しょうなり)(はじめて ) (べからく)與言( ともに いう )1ノ(しを ) (のみ )矣、

【書き下し】子の曰く、予を起こすは商なり、始めて与に詩を言う可からくのみ、

【訳】先生が仰った。商=子夏は私の真意を理解できている。素晴らしい。それでこそ、始めてともに詩の話ができるではないか。

【解説】商は子夏の名、子夏はよく孔子の言葉の内に含んだ志を開き起こせるので、誉めたのだ。子夏は詩の説明を聞いて、忠信の実が礼の根本だということを悟ったわけだが、このようでこそ、始めて詩を論じられるのだ。

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最終更新日:令和02年09月06日 学易有丘会
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