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漢文として楽しむ論語 子罕第九 1/4トップページ 論語序説(朱子による孔子の略歴) 學而第一 爲政第二 八佾第三 里仁第四 公冶長第五 雍也第六 述而第七 泰伯第八 子罕第九 郷黨第十 先進第十一 顔淵第十二 子路第十三 憲問第十四 衞靈公第十五 季氏第十六 陽貨第十七 微子第十八 子張第十九 堯曰第二十 1(206) 子罕言利…
○ 【書き下し】子、罕に利と命と仁を言う、 【訳】先生は、稀にしか利益と天命と仁のことは話さなかった。 【解説】罕は稀という意。命は天命あるいは運命のこと。人は頻繁に利益の話を聞くと、まず利益を考えるようになる。頻繁に天命の話を聞くと、人事を尽くさず天命(を計算式で割り出すこといわゆる占い)に頼ってばかりになる。頻繁に仁の話を聞くと、仁にだけ固執し、己に克って礼に復ることを忘れてしまう。だから、利と命と仁についてはあまり話さなかったのだ。 2(207) 逹巷黨人曰…
○ 【書き下し】達巷党の人の曰く、大いなる哉、孔子、博く学んで名を成す所無し、 【訳】達巷党の人が言った。孔子はなんと素晴らしい人物だろう。あんなに博学でなんでもできるのに、なんでもできる故に、一芸を以って名を成さないのが惜しい。 【解説】達巷は党(村あるいは集落のこと)の名、その人の名は不祥。 【書き下し】子これを聞いて、門弟子謂って曰く、吾、何をか執らん、御を執らんか、射を執らんか、吾は御を執らん、 【訳】先生はこれを聞いて門弟子に言って仰った。私が一芸を執って自ら名付けよというのならば、さて、何を執ろうか。馬車を運転する御者の御を執るか。君子の嗜みの弓矢の射手の射を執るか。やはり私は御を執ろう。 【解説】射は上流階級の嗜みとしての技、御は人僕の仕事の最も卑しい技である。孔子は謙遜して自分には御が相応しいと述べたのだが、同時に上流階級の民衆に対する差別意識を批判しての思いもあったかと。 3(208) 子曰麻冕禮也…
○ 【書き下し】子の曰く、麻冕は礼なり、今、純をするは倹なり、吾は衆に従わん、 【訳】先生が仰った。古の礼では、冠は麻で作った。今は蚕から絹糸を取る方法が確立されたので、細くて何かと使いやすい絹糸で作るようになった。そのほうが工程も少なく簡単で倹約だからだ。古の礼には反するが、私は今のみんなのやり方に従う。 【解説】冕は冠のこと。純は絹糸のこと。 【書き下し】下に拝するは礼なり、今、上に拝するは泰れり、衆に違うと謂うとも、吾、下に従わん、 【訳】臣が君に拝するとき、古の礼では堂の下で行った。今は堂の上で拝しているが、これは驕りである。みんなと違うと雖も、私は古の礼に従って、堂の下で拝する。 【解説】孔子の時代は君より臣のほうが強かったので、臣が分を越えて驕るようになり、堂の上で拝するようになっていた。礼は時代と共に変えるべきこともあるが、変えてはいけないこともある。礼の本質を考えれば、変えるべきことと変えてはいけないことは明らかである。君臣の礼は萬世の綱常だから、その時代の世俗に違うとしても変えられないものなのである。 4(209) 子絶四…
○ 【書き下し】子、四つを絶てり、意毋く、必毋く、固毋く、我毋し、 【訳】先生は四つのことを絶っている。自分を中心に考えること、強引に事を成し遂げようとすること、物事に固執し変化を拒否すること、どんなときも自分は絶対に正しいと考え疑わないことだ。 【解説】この四つは、意はやがて必となり、必はやがて固となり、固はやがて我となり、我はやがて意となり……と循環して際限がない。だからこそ絶たなければいけないのだ。 5(210) 子畏於匡…
○ 【書き下し】子、匡に畏る、曰く、文王既に没すれども、文、茲に在らずや、 【訳】先生は匡という地を恐れて仰った。文王は既にはるか昔に没したが、整えた礼楽制度は我が身にちゃんと残っている。 【解説】匡は地名。この時より少し前に、魯の陽虎が匡に入って暴虐をなした。その後、孔子が衛から陳に行こうとして匡を通ったのだが、匡の人たちは孔子の風貌が陽虎に似ているのを見て、陽虎がまたやって来たと言って取り囲むこと五日。これを以って孔子は匡を恐れたのだが、弟子たちが孔子を心配するのに対して、安心させようと告げたのが、この文章である。文は文王が整えた礼楽制度を指し、茲は孔子自身を指す。 【書き下し】天の將に斯の文を喪ぼさんとせましかば、後に死する者、斯の文に与ることを得じ、 【訳】天がもし、私の死を以って文王の文を滅ぼそうと欲するのならば、後世にこの文を受け継ぐ者はいなくなる。 【解説】ここで天を持ち出したのは、運を天に任すしかないと覚悟したからだろう。 【書き下し】天の未だ斯の文を喪わざるに、匡人、其れ、予れを如何、 【訳】天は未だこの文を滅ぼしたくないと欲するからこそ、私がその文をあずかり得て、今、我が身にあるのだ。それでも匡の人たちが、私をどうにかするだろうか。 【解説】孔子を解放しないのは天の欲するところに反することであって、そんなことをすれば必ず匡の人たちも天から害を受けることになる、という理屈で、そのうち解放されるから心配するな、と述べたのだ。 6(211) 大宰問於子貢…
○ 【書き下し】大宰、子貢に問いて曰く、夫子は聖者か、何ぞ其れ多能なる、子貢の曰く、固に天これを縦にす、聖ならん、また多能なり、 【訳】大宰という官の人が子貢に質問して言った。先生は聖者なのですか。とても多能で何でもできるではありませんか。子貢が言った。誠に天は孔子の徳の量の限界を定めず、心のままに大いに成している。まさに聖です。聖人は天下のことについて、できないことは何もないので、自ずから多能になります。 【解説】大宰は官の名、呉や宋にあったのだが、何れの大宰かは不明。周公や孔子は聖にしてまた多能である。しかし多能は聖人の余事であって、主とする所ではない。大宰はその末を以って、聖人を論じるので、子貢はその道徳の大いなるところより説き、兼ねて多能でもあると述べたのだ。 【書き下し】子、之を聞いて曰く、大宰、我を知れり、吾、少かりしとき賤しかりき、故に、鄙事に多能なり、君子多ならんや、多ならず、 【訳】先生が之を聞いて仰いました。大宰はよく私を知っている。私がまだ禄仕していない若い頃は、生活のために卑賎なことをいろいろとやっていた。だから卑賎なことも自ら覚えてやっていた。魚や鳥、動物を獲ることなどに多能だ。そもそも君子というものは多能だろうか、いや必ずしも多能ではない。 【解説】鄙事は賤しい事。大宰が多能と云ったのは、兼ねるところが広範囲だからだったが、孔子は敢えて鄙事に多能だと返答したのだ。芸とは技能のことで芸能や芸術ということではない。 【書き下し】牢の曰く、子、云えり、吾、試いられず、故に芸あり、 【訳】弟子の牢が言った。先生が以前仰ったのだが、私はなかなか用いられなかったので、いろいろな芸を身につけた。 【解説】牢は孔子の弟子、姓は琴、名は牢、字は子開、もうひとつの字は子張。 |
最終更新日:令和02年10月21日
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