18(223) 子曰譬如爲山…
子曰、譬如爲山、未成一簣、止吾止也、譬如平地、雖覆一簣、進吾往也、
【書き下し】
子の曰く、譬えば山を為くるが如し、未だ一簣を成さずして、止むは吾が止むなり、譬えば平地の如し、一簣を覆すと雖も、進むは吾が往くなり、
【訳】
先生が仰った。例えば山を造るとき、あと、かご一杯の土を盛れば完成というときに、その一杯を盛らずに止めたら、構想どおりの山にはならないし、それは自分の責任だ。例えば平地を造成するとき、かご一杯の土をそこにばら撒けば、それだけ仕事が進み、それは自分の力で進めたことになる。
【解説】
似た言葉は、書経の周書・旅獒にもある。
爲山九仞,功虧一簣=山を為すこと九仞にして、功を一簣に虧く。
朱子学では、孔子が書経をヒントにした言葉だとしているが、江戸後期の太田錦城は、今に伝わる書経は漢代以降に偽作された部分も多く、この部分は論語を焼き直して挿入されたのではないか、と指摘している。
が、とにかく、物事はコツコツやって来たとしても最後の一歩で諦めて投げ出したら、すべてがパーになる。,br>
やろうと思ってほんのちょっとでも始めれば、自分の力で進んだことになる。
さて、論語はもう少しで半分に到達する。
この調子でコツコツ読み続ければ、必ず最後まで読み通せる。
しかしそろそろ飽きたからと辞めてしまえば、それっきり。
せっかくの努力が水の泡になってしまう。
頑張れ、読者諸君!と、応援するためにこの文章がここにあるようにも思えるのだが……。
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