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漢文として楽しむ論語 述而第七 14/37

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述而第七

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14(161) 冉有曰夫子爲衞君乎…

冉有曰、夫子爲衞君乎、子貢曰、諾、吾將問之、入曰、伯夷叔齊、何人也、

【書き下し】
冉有の曰く、夫子衛の君を為けんか、子貢の曰く、諾、吾將に之を問わんとす、入りて曰く、伯夷叔齊は何人ぞ、

【訳】
冉有が言った。先生は衛の君を援護するのでしょうか。子貢が言った。そうだね。私も今まさにこれについて質問しようとしていたところだ。そう言って先生の居室に入って、言った。伯夷と叔齊はどういう人ですか。

【解説】
衛君は 出公輒 ( しゅっこうちょう ) のこと。
初め、衛の靈公の世子が、夫人南子の淫行を憎んで殺そうとするが、その前に夫人は逃げた。
その後世子は晋に放逐された。
靈公卒して夫人は世子の子の輒を君主として立てる。
やがて晋から世子が衛に入ろうとすると、衛は兵を遣わしてこれを防ごうとした。
このとき、孔子と冉有、子貢、みな衛に居て、事の成り行きにどう対処するべきかが気がかりで、孔子に質問したのだ。
しかし、その国に居ては、その大夫をも謗らないのが礼儀であり、まして君主のことを露に論評するのは非礼極まりないなので、古人によせて質問したのだ。
伯夷と叔齊は殷末から周初にかけてのとある諸侯の国の君主の子で、其の父が卒すとき、父は弟の叔齊を立てたのだが、叔齊は天倫を乱してはいけないとして、兄の伯夷に譲ろうとした。
兄の伯夷は、父の命に背くわけにはいかないとして、逃れ去った。
叔齊もまた立たずに逃れた。今衛は父子で国を争うによって、相背くことを挙げて、伯夷叔齊の人となりを、試みに質問したのだ。

曰、古之賢人也、曰、怨乎、曰、求仁而得仁、又何怨、出曰、夫子不爲也、

【書き下し】
曰く、古の賢人なり、曰く、怨みたりや、曰く、仁を求めて仁を得たり、又何ぞ怨みん、出でて曰、夫子為けじ、

【訳】
先生が仰った。伯夷叔齊は古の賢人だ(衛の輒が不孝はすでに知られている)。子貢が言った。二人に悔いはなかったのでしょうか。先生が仰った。二人は仁を求めて仁を得たのだから、何ら悔いも怨みもない。子貢は部屋を出て冉有に言った。先生は援護しない。

【解説】
怨は悔の義。
伯夷叔齊が共に国を譲ったとしても、その心において少しでも悔いるところがあれば、今の輒が罪も、ややなだめられるべき所があるので、こう質問した。
これに対する孔子の答えの真意は次のようなこと。
仁は人心の徳、天地自然の理法の專らなる者。
伯夷は父命を尊び、叔齊は天倫を重んじて、その国を相譲ったわけだが、これはみな天地自然の理法の正しきに合い、人心の安きにつき、すでにそれぞれその志を遂げたことになる。
これは則ち仁を求めて仁を得たということだ。
然ればその国を捨てることは仕方のないことで、例えば歩いているうちに草鞋(わらじ)が破れたようなものだ。
とすれば、何ら怨み悔いることがあるはずがない。
今、衛の輒が父を防ぐは、その不孝不仁の罪は明らかである。
これにより、孔子が衛の輒を援護しないことが、子貢には明らかにわかったので、冉有にそう伝えたのだ。

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述而第七 各章
7-1 子の曰く、述べて作らず、信じて古を好むこと…、
7-2 子の曰く、黙して之を識るし、学んで厭わず…、
7-3 子の曰く、徳を修めず、学を講せず、義を聞い…、
7-4 子の燕居、申申如たり、夭夭如たり、
7-5 子の曰く、甚だしいかな吾が衰えたること、久…、
7-6 子の曰く、道に志し、徳を據り、仁に依り、芸に…、
7-7 子の曰く、束脩を行うより以上は、吾れ未だ嘗て…、
7-8 子の曰く、憤せざれば啓せず、悱せざれば発せず…、
7-9 子、喪有る者の側らに食しては、未だ嘗て飽くま…、
7-10 子、顔淵に謂って曰く、之を用いるときは則ち…、
7-11 子の曰く、富にして求む可くは、執鞭之士と雖…、
7-12 子の慎む所、斉、戦、疾、
7-13 子、斉に在まして韶を聞くこと三月、肉の味わ…、
7-14 冉有の曰く、夫子衛の君を為けんか、子貢の曰…、
7-15 子の曰く、疏食を飯い、水を飲み、肘を曲げて…、
7-16 子の曰く、我に数年を加して、五十をして以っ…、
7-17 子の雅に言う所、詩書執礼、皆雅に言えり、
7-18 葉公、孔子を子路に問う、子路対えず、子の曰く…、
7-19 子の曰く、我、生まれながらにして、之を知る…、
7-20 子、怪力乱神を語らず、
7-21 子の曰く、三人行うときは、必ず我が師有り…、
7-22 子の曰く、天、徳を予に生せり、桓魋、其れ予…、
7-23 子の曰く、二三子、我を以って隠せりと為るか…、
7-24 子、四つを以って教う、文、行、忠、信、
7-25 子の曰く、聖人は吾れ得て之を見ず、君子を見る…、
7-26 子、釣りすれども綱あみせず、弋すれども宿とり…、
7-27 子の曰く、蓋し知らずして之を作す者有らん…、
7-28 互郷与に言い難し、童子見ゆ、門人惑えり、子…、
7-29 子の曰く、仁遠からんや、我、仁を欲すれば…、
7-30 陳司敗問う、昭公礼を知れりや、孔子の曰く…、
7-31 子、人と歌うたって善きときは、必ず之を反さ…、
7-32 子の曰く、文は吾れ猶人のごとくなること莫か…、
7-33 子の曰く、聖と仁との若くは、則ち吾れ豈敢え…、
7-34 子の疾い病なり、子路、祷らんと請う、子の曰…、
7-35 子の曰く、奢るときは則ち孫わず、倹なることは…、
7-36 子の曰く、君子は坦らかにして蕩蕩たり、小人…、
7-37 子、温やかにして獅ゥなり、威あって猛からず…、

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最終更新日:令和07年11月06日 学易有丘会
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