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漢文として楽しむ論語 雍也第六 3/28

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雍也第六

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3(122) 子華使於齊…

子華使於齊、冉子爲其母請粟、

【書き下し】
子華斉に使いす、冉子其の母の為に粟を請う、

【訳】
子華が斉へ孔子の使いとして行くことになった。冉子=雍は、その子華の、しばらく家で留守を守る母のために、孔子に米を請い求めた。

【解説】
子華は公西赤の字。
通常、粟は米のことと解しているが、先史時代の中国では(あわ)を主食としていて、やがて米に代わったとのこと。
孔子の時代はまだ(あわ)を主食としている地域もありそうで、だとするとここでいうのは本当に(あわ)だったのかもしれないことを付け加えておく。

子曰、與之釜、請益、曰、與之廋、冉子與之粟五秉、

【書き下し】
子の曰く、之に釜を与えよ、益を請う、曰く、之に廋与えよ、冉子之に粟五秉を与う、

【訳】
先生が仰った。これに一ヶ月分の量の米を与えよう。それじゃちょっと少ないのでもう少し。それなら二ヶ月半くらいの量にしよう。冉子はそれでも足りないと思ったが、重ねて増量を願うのもどうかと思い、これとは別に自分の米を、一人十年分相当の量を子華に与えた。

【解説】
釜は当時の度量の単位で、一釜は六斗四升。
日本の今の八升よりやや少ないという。
一人一日に三合弱食べるとして、だいたい一ヶ月の量。
廋は十六斗、今の二斗に少し足りないという。
秉は百六十斗、五秉束で八百斗だが、今の百斗弱という。
一人一日三合だと一年でだいたい十斗だから十年分ということになる。
江戸時代ならば使用人が数人の下級役人の年収といったところだ。
使いに出すときの報酬は、冉子が出した程度が当時の相場だったのだろう。

子曰、赤之適齊也、乘肥馬、衣輕裘、

【書き下し】
子の曰く、赤が斉に適きしとき、肥えたる馬に乗り、軽ろき裘を衣けり、

【訳】
先生が仰った。赤=子華は斉に行くのに、肥えた馬が曳く車で、高貴な軽い皮ごろもを着ていた。かなりの裕福な証拠だ。それなのに、なんで多量の食糧を与える必要があるのか。

【解説】
孔子は冉子が米を多く与えたことを謗る。

吾聞之也、君子周急不繼富、原思爲之宰、與之栗九百、辭、

【書き下し】
吾之を聞けり、君子は急なるを周して富めるを継がざると、原思之が宰爲り、之に粟九百を与う、辞す、

【訳】
私は以前聞いたことがある。君子は常に公であることを心がけているので、貧しければ生活が成り立つ程度に恵むが、裕福ならば何も恵む必要はない。なんとか食える程度の食料があれば、余った残りは自分の物とはせず、親疎に関わらず、すべて誰かに寄付をするものだ。原思は宰になったとき、粟九百を与えようとしたが、辞したものだ。

【解説】
急は貧しく生活が苦しいこと。
原思は孔子の弟子、姓は原、名は憲、字は子思。
孔子が魯の司寇だったときに、原思がその宰臣だった。
九百は宰臣の俸禄、ただし単位の記載がないので、その量は不明。
原思にとってはこの禄が必要最低限以上だったので、これを辞したのだ。

子曰、毋、以與爾鄰里郷黨乎、

【書き下し】
子の曰く、毋れ、以って爾の隣里郷党に与えよ、

【訳】
先生が仰った。だとしても、今回は辞することはない。家の近隣の貧窮している人たちに与え恵むのがよい。

【解説】
毋は母という字ではない。
漢文によく出て来る否定の意の字。
隣は五家の集落、五隣を里とし、二十里を党とし、一万二千五百家を郷とする。
一人で十年分の食糧は十人の一年分、百二十人の一ヶ月分、三百六十人の十日分、三千六百人の一日分になるわけだが、適当に案配して近隣の貧しい人々に分け与えよ、ということ。

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雍也第六 各章
6-1 子の曰く、雍は南面使めつ可し、仲弓子桑伯子を…、
6-2 哀公問わく、弟子孰をか学を好むと為す、孔子対え…、
6-3 子華斉に使いす、冉子其の母の為に粟を請う、子…、
6-4 子、仲弓を謂って曰く、犂牛之子、騂くして且た…、
6-5 子の曰く、回は其の心三月仁に違わず、其の余は…、
6-6 季康子が問う、仲由は政に従わ使めつ可けんや…、
6-7 季氏閔子騫をして費の宰為ら使む、閔子騫曰く…、
6-8 伯牛疾有り、子これを問いて、牖より其の手を執…、
6-9 子の曰く、賢なるかな回は、一箪の食、一瓢の飲…、
6-10 冉求曰く、子の道を説ばざるは非ず、力足らざる…、
6-11 子、子夏を謂って曰く、女君子の儒と為れ、小…、
6-12 子游、武城の宰と為れり、子の曰く、女、人を…、
6-13 子の曰く、孟之反伐らず、奔るときにして 將に…、
6-14 子の曰く、祝鮀が佞、有りて、宋朝が美有るに…、
6-15 子の曰く、誰か能く出ること戸に由らざらん…、
6-16 子の曰く、質、文に勝つときは則ち野なり、文…、
6-17 子の曰く、人の生まるること直し、罔たるが生…、
6-18 子の曰く、之を知る者は之を好む者に如かず、之…、
6-19 子の曰く、中人以上には、以って上を語ぐ可き…、
6-20 樊遅、知を問う、子の曰く、民の義を務めて…、
6-21 子の曰く、知者は水を楽う、仁者は山を楽う…、
6-22 子の曰く、斉、一変せば魯に至りなん、魯、一…、
6-23 子の曰く、觚、觚あらざれば、觚ならんや、觚…、
6-24 宰我、問いて曰く、仁者に之を告げて井に仁有…、
6-25 子の曰く、君子、博く文を学んで、之を約まや…、
6-26 子、南子に見う、子路、説こばず、夫子、矢って…、
6-27 子の曰く、中庸之徳為る、其れ至れるかな、民…、
6-28 子貢の曰く、如し博く民に施して、能く済うこ…、

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最終更新日:令和07年11月06日 学易有丘会
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