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漢文として楽しむ論語 里仁第四 1/2

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里仁第四 1/2 2/2

里仁(りじん)とはこの篇の題名で、冒頭の二文字を取って音読みしたに過ぎない。論語二十篇の第四篇である。ここでは主に、仁について論じている。

1(67) 子曰里仁爲美…

子曰( しの の玉わく)(さとは ) (じんなるを)()(よしと)(えらぶとして ) (ざれば)(おら )(じんに)(いずくんぞ ) ( えん)(ちを )

【書き下し】子の曰く、里は仁なるを美しとす、択ぶとして仁に処らざれば、焉んぞ知を得ん、

【訳】先生が仰った。住む場所は仁厚の気風のあるところがよい。仁を蔑ろにするような地域を選んで住むのならば、なんのために勉強して知識を得ようとしてきたのか。そんなことをするのは賢明ではない。

【解説】人が居る里は仁厚の風俗があるのがよい。仁の里に居る時は、共に住む人と慣れ親しみ、互いに相恵み、相救い、その身を保てるものだ。とすると、人の幸不幸は住む地域に仁があるか否かにかかってくる。

2(68) 子曰不仁者不可以久處約…

子曰( しの の玉わく)不仁者( ふ じん しゃは)()(べから)(もって ) (ひさしく ) ( おる)(せわしきに)()(べから)(もって) (ながく) ( おる)1ノ(たのしきに)

【書き下し】子の曰く、不仁者は、以って久しく約しきに処る可らず、以って長く楽しきに処る可からず、

【訳】先生が仰った。不仁の人はしばしば困窮に耐え忍ぶことになるが、そのまま長期間耐え忍んでもいられず、よからぬことを考えるものだ。かと言って安楽なところに居るときは、長く居れば必ず驕ってほしいままに身勝手な振る舞いを平然と行うようになってしまうものだ。

【解説】約は困窮の義。仁は本心の徳、思いやりの心といったもの。

仁者( じん しゃは ) (やすんず)(じんに)知者( ち しゃは ) (りとす)(じんを)

【書き下し】仁者は仁に安んず、知者は仁を利とす、

【訳】仁者は富貴貧賤、安楽患難など、どんな状況に居ても、自ずから仁道に安んじ、善を忘れない。知者は仁の道を貪り求める。

【解説】仁は本心の徳、本心が善なることを兼ねて云う。利とは貪る意。知者は、仁が最高の徳であることを理解できるので、仁の道を貪り求める。よって知者は、仁者と比較すれば浅いが、それでも他のことに心を奪われることなく、仁を求める志を変えない。

3(69) 子曰惟仁者能好人…

子曰( しの の玉わく)(ただ ) 仁者( じん しゃのみ ) ( よく ) (このみ)(ひとを)( よく ) (にくむ)(ひとを)

【書き下し】子の曰く、惟仁者のみ能く人を好み、能く人を悪む、

【訳】先生が仰った。衆人は私情で判断するので、好む人と悪む人が人によって違ったりするが、ただ仁者のみは公の視点で判断するから、本当に好むべき人を好み、本当に悪むべき人を悪むのだ。

【解説】悪は「にくむ」という意。そもそも孔子の考えに西洋キリスト教のような絶対的な善悪はない。善とは好かれること、悪とは憎まれることである。

4(70) 子曰苟志於仁矣…

子曰( しの の玉わく)(まことに ) (こころざすときは)(じんに)矣、(なし )惡也(あしきこと  )

【書き下し】子の曰く、苟に仁に志すときは、悪しきこと無し、

【訳】先生が仰った。本心から仁を志すのであれば、多少の過ちがあったとしてもすぐ改めるので、悪に陥ることは無い。

【解説】志とは心の行き向かうところ。本心から仁に志す者は、必ず心からの悪をすることはないが、人間だから多少の過ちはあるもの。しかし仁者は、過った時はすぐ改めるから、それ以上の悪に陥ることはないのだ。

5(71) 子曰富與貴…

子曰( しの の玉わく)(とみと) ( とは )(たっとき)是人( これ ひとの)(ところなり ) (ほっする)也、(ずして)(もってせ)其道( その みちを)1 (えるとも)(これを) ()(おら )也、

【書き下し】子の曰く、富と貴きとは、是れ人の欲する所なり、其の道を以ってせずして得るとも処らず、

【訳】先生が仰った。富と貴さは誰もが欲しいものだが、正しい方法で得たのでないのならば、すぐにその場から立ち去るべきである。

【解説】衆人は富貴を手に入れるためなら、得てしてその方法の正邪は気にしない。しかし君子は違う。正しい方法で自然に得た富貴ならばその場に居るが、そうでないなら未練なく立ち去るものなのだ。

(まずしきと ) ( とは )(いやしき)是人( これ ひとの)(ところなり )(にくむ)也、(ずして)(もってせ)其道( その みちを)1 (えるとも)(これを) ()(さら )也、

【書き下し】貧しきと賤しきとは、是れ人の悪む所なり、其の道を以ってせずしてこれを得るとも去らず、

【訳】貧しさと賤しさは誰もが嫌い悪むものだが、正しい方法でも貧賤であるのなら、そのままそこに居て、富貴を求めることはない。

【解説】人は邪なことをして貧賤を抜け出しても、後ろめたさが残り、その後ろめたさを打ち消すためにさらなる邪なことを考えるもの。君子ならば貧賤に甘んじ、正しいことだけを行うものである。

君子( くん し ) (さっては)(じんを) 惡乎(いずくんぞ ) (なさん)(なを )君子( くん しは ) (なし )(おわる)(しょくを)(あいだも ) (たがうこと)1ノ(じんに)

【書き下し】君子仁を去っては悪んぞ名を成さん、君子は食を終わる間も仁に違うこと無し、

【訳】君子は仁を捨てたら、君子として名を成すことはない。君子はいついかなる時も、食事中も仁に違わないよう心掛けるものである。

【解説】君子の君子たるところは、仁を一番大切にしていることである。もし富貴を貪り、貧賤を厭うのであれば、仁道を外れて去り、君子たるの実を失う。

造次( そう じにも ) (かならず ) (おいてし)(ここに)顚沛( てん はいにも ) (かならず ) (おいてす)(ここに)

【書き下し】造次にも必ず是に於いてし、顚沛にも必ず是に於いてす、

【訳】どんなに忙しいときでも、決して仁を離れることはない。不慮の事故や事件に巻き込まれたときでも、決して仁を離れることはない。

【解説】造次とは、忙しいこと。是とは仁を指す。顛沛とは不慮の事故・事件などのこと。造次と顛沛は最も仁に違いやすい時である。そんな時でも仁を離れないのが君子である。

6(72) 子曰我未見好仁者惡不仁者…

子曰( しの の玉わく)(われ ) (いまだ/ず)()(このむ)(じんを)(もの )(にくむ)不仁( ふ じんを)(ものを)

【書き下し】子の曰く、我未だ仁を好む者、不仁を悪む者を見ず、

【訳】先生が仰った。私はまだ、本当に仁を求める者、不仁であることを悪む者に出会ったことがない。

【解説】ここでは仁を求める者が稀であることを嘆いている。以下は仁を好む者、不仁を悪む者の人となりを述べ、出会い難きことを説明する。

(このむ)(じんを ) (ものには)(なし )(もって ) (くわうること)1ノ(これに)

【書き下し】仁を好む者には 以って之に尚うること無し、

【訳】本当に仁を求める者は、仁以上に心を奪われるものは何もない。

【解説】礼、義、信、知、敬、忠、孝、悌などは、仁を求めるからこそ大事なのである。

(にくむ)不仁( ふ じんを)(もの )(それ ) (なさん)(じんを)矣、

【書き下し】不仁を悪む者、其れ仁を為さん、

【訳】不仁を悪む者も、裏返せば仁を求めているのだ。

【解説】仁を求めていなければ、不仁を見たとしても何も気にならずに、まして悪むことはない。

()使(しめ )不仁者( ふ じんなることを) (くわえ)其身(その みに )

【書き下し】不仁なることを其の身に加え使めず

【訳】本当に不仁を悪む者は、その思いが切実で、必ずこれを裁ち捨てる。したがって不仁なことを、その身に触れ近づけることはしない。

【解説】朱子によれば、仁を好み求める者は資質が穏やかで、不仁を悪む者はの資質が剛毅にして正義感がやや強いのだという。

(あれば)(よく ) 一日( いち にち ) (もちいろこと)其力( その ちから)(じんに)矣乎、(われ ) (いまだ/ず)()(ちからの) ( ざる)(たら ) (ものを)

【書き下し】能く一日その力を仁に用いること有れば、我未だ力の足らざる者を見ず、

【訳】今は仁も不仁も気にせずに過ごしている人が、とある一日、その力を仁に用いることがあるとして、私はその力が仁をするに足りない者と出会ったこともない。

【解説】仁をすることは己自身にあり、人の力を借りるものではない。求め欲するときはいつでもそこにある。要は志すか否かである。

(けだし) (あらん)(これ )矣、(われ ) (いまだ/ず)(これを) ()也、

【書き下し】蓋しこれ有らん、我未だこれを見ず、

【訳】人の気質はさまざまなので、もしかしたら、甚だ柔弱で仁を用いるのに力が足りない者もいるのかもしれない。だとしても、私はまだそういう者に出会ったことがない。

【解説】蓋しは疑う言葉である。之は力の足りない者を指す。そんな世間の風潮に流される柔弱な者でも、世に仁道が大いに行われるようになれば、容易に仁を好み求められるようになるし、そのような者を勇気づける意味もあって、これを見ずと言い切ったのだ。

7(73) 子曰人之過也…

子曰( しの の玉わく)人之過(ひとの   あやまちは)也、(おのおの ) (おいてす)其黨( その たぐいに)(みても)(あやまちを ) (ここに) (しる )(じんを) 矣、

【書き下し】子の曰く、人の過ちは、各おの其の党いに於いてす、過ちを観ても 斯に仁を知る、

【訳】先生が仰った。人は各々の性格性質によって、犯す過ちに違いがある。したがってどんな過ちを犯したかを観察すれば、その人が仁か不仁かはわかるものだ。

【解説】党とは類=たぐい、といった意。人の過ちは、そもそも道理を知らずに犯してしまうことがある。ほぼ道理は知っていても、つい忘れて犯してしまうこともある。これらはみな、心から犯そうと思ったことではないので、共に過ちと云う。およそ人の過ちは、各々の党=性格性質に従って犯すのであって、世間の人たちは、この性格性質を考慮せず、一様に責める。しかしよく観察してみると、君子は慈愛に優れるので常に厚い方に過ち、小人は慈愛の心が少ないので常に薄い方に過つ傾向がある。然れば人の過ちを見れば、その仁不仁はわかる、ということである。

8(74) 子曰朝聞道…

子曰( しの の玉わく)(あさに) (きいて)(みちを)(ゆうべに ) (しすとも ) (かなり) 矣、

【書き下し】子の曰く、朝に道を聞いて、夕べに死すとも可なり、

【訳】先生が仰った。この世の中のあるべき道が、すべてきちんとわかったら、すぐに死んでもかまわない。

【解説】道は事物当然の理を指す。これを聞くとは、心に悟る義である。朝夕とはその日のうちに、あるいは即刻といったことの比喩。未だ道を聞かざる者は、永く生きてもその益なしということを、深く諭す意がある。かと言って、孔子自身もすべてがわかっているわけではない。学んできた範囲内では理解できていても、散逸した資料もあるので、すべての真実を学んだわけではない。したがって、なぜ、という疑問は尽きていない。だからこそ、わかったら死んでもかまわないくらいの情熱を持って勉強することが大事なのだ。

9(75) 子曰士志於道…

子曰( しの の玉わく)() (こころざして)(みちに)、而(はじる)惡衣( あく い ) 惡食( あく じきを)(ものは)(いまだ/ず)(たら )與議(ともに はかるに)也、

【書き下し】子の曰く、士道に志して、悪衣悪食を恥じる者は、未だ与に議るに足りず、

【訳】士たる者は道を求めるに志はあるとしても、なお自分の衣食が他人より悪いことを恥じる意があれば、その見識は甚だ低い。そのような者と共に道を議論するほど暇ではない。

【解説】道を志すことが真実である者は、必ず内面を重視して、外面は無頓着になるもの。衣食といった外面を恥じるのは、口や身体を養い、耳や目を悦ばせようとしているに過ぎない。本当に道を志すのであれば、心を喜ばせることが第一である。

10(76) 子曰君子之於天下也…

子曰(しの の玉わく)君子( くん しの )(おけるや)天下( てん かに )也、(なく )(てき )也、(なく )(ばくも)也、(ぎと )(ともに ) (したがう)

【書き下し】子の曰く、君子の天下に於けるや、適も無く、莫も無く、義と与に比がう。

【訳】先生が仰った。君子が天下の事の是非を判断するときは、自分のこうしたい、したくないといった思いではなく、常に義と共に従うので、何事も理に叶うものだ。

【解説】ここでは中庸の徳のある君子を評論する。天下とは天下の事、適と莫は自分の思いに根差す判断の言葉である。自分がそうしたいと思うことが適、そうしたくないと思うことが莫である。義は理に基づいたその時々の判断といった意。

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最終更新日:令和02年10月21日 学易有丘会
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